※夢主は白澤さんの弟、というか分身。なので男性です。




不喜処地獄に勤める犬獄卒・シロはこの日、ちょっと珍しいものを見た。上司の鬼灯に会いに行こうと閻魔殿の法廷へ向かうと、シロの大好きな補佐官には既に先客がいた。すらりとしたかなりの長身に、切れ長の目元。相対する補佐官とは親戚かと思うほど顔が似ている。


「あれ、白澤様?」


先客は、桃源郷で薬局を営む中国神獣だった。しかし、どこか違和感がある。まず、いつも被っている三角巾がないし、服は黒いもので白衣も着ていない。そして、普段は右耳にしているはずのピアスが左耳についている。何より、


(…メスの匂いがしない?)


嗅いだことのある薬の匂いは漂ってくるのだが、一番存在感の大きい多種多様な女性の匂いが全くしないのだ。知識の神の割に、女好き過ぎるせいで全く賢い印象のない彼にしてはとてもおかしな事態だ。と、シロの耳にふたりの会話が聞こえてきた。


「…閻魔様がぎっくり腰を?」
「ええ。日頃ちゃんと運動していない上に酒やらなんやら多量摂取するからです。自業自得ですよ」
「そうは言ってもお辛いだろう。先ほどお見かけした時は元気そうだったが、もういいのか?」
「とりあえず自力で治してみましたが…一応、プロの方にも診て頂こうと思いまして」
「自力…鬼灯殿がか?」
「はい。そうですが」
「…そうか」


白澤(?)はそれ以上そのことには触れず、閻魔の容態を重ねて質問した。…ますますおかしい。あの有名な犬猿の仲のふたりが普通に会話できている時点でおかしいが、加えて鬼灯を“殿”なんてつけて丁寧に呼ぶし、口調も例の親しみやすい感じではない。いよいよ気になってしょうがなくなってきた頃、ふと白澤(?)がこちらを向いた。シロの視線とばっちり目が合う。


「……」


見慣れているはずの顔なのに、射抜かれるような感覚を覚えて、シロはその場に固まってしまった。彼が知っている白澤は、こんな目をしない。まるで蛇に睨まれた蛙のごとき状態になっているシロの眼前で、黒衣の裾が翻った。


「…っ!」
「……」


たちまち目の前に立たれ、いよいよもって逃げ場がなくなる。間近で見上げているのと元々長身なのとで、威圧感がすごい。


(た、助けて鬼灯様ぁぁ!)


心の中で後方の上司に助けを求める。そうこうしている間に、その人はぼそりと呟いた。


「…もふもふ」
「…えっ?」


雰囲気にそぐわない言葉に間抜けな声を出す。すると、次の瞬間その人がシロの首に腕を回して抱きついてきた。


「っわぁ!?ご、ごごごごめんなさい!」
「…?何故謝る」


耳元で怪訝そうな声が聞こえた。


「あ、ええと、その…」
「お前…獄卒か?」
「え?は、はい。不喜処地獄の…」
「不喜処には、お前のようなのがまだいるのか」
「い、いますけど…」


不喜処は動物を虐めた者が落ちる地獄。そこに勤める獄卒は、人以外の者たちばかりだ。シロの返答を聞いて、彼は「そうか」と一言。その間ずっとシロの背中を撫で続けている。


「あ、あの…白澤、様…?」


シロが遠慮がちに呼びかけるのと、彼が振り返って「鬼灯殿」と呼ぶのは同時だった。


「地獄に診療所って建ててもいいものか?」
「貴方、獣医師までは持ってないでしょうが」


鬼灯が呆れた声で返すと彼はちょっとだけ残念そうに「そうだな」と言った。


「それとシロさん。その人はどこぞのろくでなし色魔じゃありませんよ」


シロが言いかけたことをちゃんと拾ってくれていたらしい。鬼灯は軽く腕組みをしてこちらに歩み寄ってきた。


「会うのは初めてでしたか。こちら、なまえさん。訪問診療専門の医師で、うちも度々お世話になっています」
「ニーハオ。さっきはいきなり触って悪かったな、わんこ」


なまえというらしい彼は、無表情に謝罪してきた。しかし声音はちょっと柔らかい。頭をなでくりなでくりしてくる手も優しいし、思ったより怖い人ではなさそうである。


「白澤様にそっくりだね」
「まぁ、弟だからな」
「…え?」


なまえがさらりと言った言葉に、シロの元々丸い目がもっと丸くなる。


「おとーと…って、白澤様が?」
「いや。あっちは兄で、私が弟だ」


白澤と同じ顔、同じ声で一人称が「私」だと物凄く違和感があるが、気にしてはダメなのだろう。


「白澤様、弟なんていたんだねぇ」
「厳密にいえば、影を素体に作った分身なんだがな」
「かげ?」
「兄上が生まれた頃は周りに誰もいなかったからな。話し相手が欲しかったらしくて、ある日自分の影をちぎって分身を作った。それが私だ」
「影ってちぎれるの!?」
「頑張ればできるそうだぞ。ちょっと痛いみたいだが」


己を作った存在だから、最初は「父上」と呼ぼうとしたらしい。しかし、白澤がやめてくれと言ったそうで、結局今の呼び方に落ち着いたのだとか。


「兄弟の方が説明が楽だしな」
「言われた瞬間は納得するんですよ。見た目そっくりだもんな、って。しかし後からじわじわと驚くんです、中身があまりにも似てなさすぎて」


鬼灯がそんなことを言う。確かに、なまえからは女性の匂いがしないし軽薄な感じもないし、真面目そうだ。


「貴方、あれの分身でしょう?何で外見だけ似て後は正反対なんですか」
「私にも分からん。作った本人に聞いてくれ」
「あれと同じむかつく顔なのに、中身いい人だから殴れないじゃないですか。どうしてくれるんです」
「その苛々を兄上にぶつけたらいいんじゃないか」
「そうします」


二つ返事で鬼灯が頷く。妙な会話だ。まぁ、仲は悪くないようだが。


「では早速、極楽蜻蛉を呵責しに行きましょうか」
「衆合地獄に飲み行くって言ってたぞ」
「そうですか。ではなまえさん、貴方もご一緒に」
「なんでだ?」
「貴方がいると、女性からあれを引き剥がしやすいんです」


頭の上にハテナを浮かべるなまえをよそに、鬼灯はシロにひとつ挨拶をして、なまえを伴って歩き出した。


「むしろ女性の方から喜んで離れてくれます」
「…?どういうことだ」


散々ろくでなしやら女性の敵やら言われるが、かの神獣は顔の造形は良い。そしてその分身は造り主そっくりで、ろくでなし要素はおよそ見当たらない。女性に嫌われるわけがなかった。


「…なまえ様、けっこう天然?」


それくらいのこと、シロでもなんとなく予想はつくのだが。その辺りのことも、分身は造り主には似なかったようだった。

とにかく、帰ったらこのことを親友に話そう。シロはそう決めて、自分の住処へ足を戻した。



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こんな夢主ってどうですか、ということで一本書きました。妹の夢主は長編で既に書いてますので、今度は弟でやってみました。正確には分身ですが。夢主を作った際に、「女の子にしたかったのにー」「ベースが貴方(男)なんだから仕方ないだろう」とかって会話があったらいいなとか思ってます。では、読んで下さってありがとうございました。

20140525






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