※生者と鬼灯さん




「ごめんください」


カラン、とお客の来店を知らせるベルの音。続いて鼓膜を揺らす、重低音の声。顔を上げた彼女の唇は、馴染み客の来訪に自然と孤を描いた。


「加々知さん。いらっしゃいませ」


入って来た客は無表情に会釈を返し、カウンターの端に座った。


「今日も出張帰りですか?」
「ええ…そんなところです」
「お役人様は大変ですねぇ。…何に致します?」


アイスピックで氷を削っていた手を休めて聞いてくる。オススメを頼むと、にっこり笑って後ろの棚から瓶をとった。


「ちょうど昨日入ったばかりなんです」


そう言って、彼の前に瓶置いた。ほんのり桃色の、可愛らしい瓶である。


「桜風味のロゼです。甘口ですけど、後味がすっきりしていてしつこくないですよ」
「ワイン…ですか」
「あ…すみません、お嫌いでした?」


加々知さん、いつも日本酒飲んでるから。


「たまにどうかな、と思ったんですが…」


彼女は申し訳なさそうに眉尻を下げた。その様子を見て間髪入れず、


「いえ。それでお願いします」
「え?でも…」
「ワインはあまり飲んだことがないだけです。嫌いなわけじゃありません」


その言葉に安堵したのか、彼女がまた柔らかく笑う。それからソムリエナイフで栓を開け、グラスに注いで彼の前に置いた。ふわりと桜の香りがする。


「どうですか?」
「…春ですね」


簡素な感想である。しかし彼女は、勧めた洋酒が彼の口に合ったことが嬉しかったようだ。


「お花見に最適ですよ。まだちょっと早いですけど」


だいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ蕾は固い。


「加々知さんは、今年も会社の方々とお花見するんですか?」
「ええ…不本意ながら、そうなりそうですね」


はっきり不本意と口にする辺り、加々知さんらしいですよねぇと言って、彼女はまた氷を削りはじめた。


「あ、そうだ。来月はこっちに来る用事ってあります?」
「来月…ですか」


頭の中でスケジュール帳をめくるが、来月はどこもかしこも真っ黒だった。なぜ、という視線を向けると、彼女はアイスピックを持ち替えながら言った。


「×日に、この近くの公園でお祭りがあるんですよ。『桜まつり』…って、そのまんまですけど。私、当日そこで露店出すんです」


彼女がひとりで切り盛りするこの店の近くには、隠れた桜の名所といわれる公園がある。あと数週間もすれば、見事な景色が拝めるだろう。


「なので、もし良ければいらして下さいね」


今日のワインも持ってきますから。氷を置いて、にこりと笑う。この笑顔を例える方法を、生憎彼は知らなかった。如何な彼にも、分からないことはあるものだ。


「…善処します」


口ではそう言いつつ、脳内のスケジュール帳から、『桜まつり』なる催し物の日の予定をすべて抹消した。


「…これ、もう1杯頂いていいですか」


瓶を指して頼む。歯切れ良い返事をひとつ、グラスを薄桃色の液体が満たす。どうぞ、と差し出されたグラスを受け取る際に、ほんの少しだけ、ゆびが触れた。


「…なまえさん」
「はい?」


彼女にとってはこんなことよくあることだけれど、彼に手を掴まれることは、今までにないことであった。


「加々知さん?」
「……」


首を傾げて彼の顔を見つめるが、彼は相変わらず無表情だった。


「…冷たいです」


やがて、ぽつりと言った。


「まぁ、今の今まで氷削ってましたからね」


そういう加々知さんも冷たいですよ。


「……まぁ、生きてませんから」
「?なんですか?」
「いえ、なにも」


誤魔化すようにグラスを傾けた。甘い酒は、やっぱり美味しかった。





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アニメしか見てないですが、鬼灯の冷徹ハマりそうです。まずフリリク書き上げてからにしろよと言いたいですが、ご愛嬌(え)鬼灯さんも勿論好きですが、かしこ個人としては白澤さんの方が僅差で勝ってます。
生者でバー経営の夢主のところに現世出張の度に通う鬼灯さんの図です。彼がワイン飲んでるイメージないですが、何でも飲めそうだと飲ませてみました。では、読んで下さってありがとうございました!

20140412






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