※鬼と生贄の女の子



家族は皆、去年の流行病で死んだ。彼女だけ、何故か病にはかからなかった。しかし生き残ったところで、天涯孤独の身の上になった彼女を引き取ろうという村人はいない。皆、自分たちの生活すらままならず、子や老人を山に捨てなければならないような状態だ。顔見知りとはいえ他人の子供まで養うような余裕はない。かといって、彼女ひとりで暮らしていけるわけもない。それでも彼女は、親の手伝いをして覚えた諸々を駆使して何とか1年生きた。だが、それが限界だった。


家族を失った次の年のある日、今度は飢饉が村を襲った。流行病の次は不作か、と村人たちは絶望した。人間は都合の良い生き物であるから、己が困った時だけ神に頼ることを思いつく。この村人たちもそうだった。しかし、神を頼りたい人間はごまんといる。どうやったら自分たちの願いを優先して叶えてもらえるか。答えは簡単。捧げ物をして気を引けば良いのだ。


「なまえ。私たちを助けてくれ」


村人の半分が飢えて死に絶えた頃、村長と数人の大人たちが彼女を訪ねてきた。複数の人間が集まる我が家を、家族がいなくなって以来で目の当たりにし、彼女はちょっと目を瞬かせた。村にまた恵みをもたらしてくれるよう、山の神にお願いする儀式を行う。なまえよ、その儀式の巫女になってはくれまいか。村長はそう言った。なんとなく想像していた内容だったが、彼女は一応何故自分なのかと問うた。すると、儀式は村長と若く美しい巫女によって行われなければならない。そう伝えられているらしい。そうだったっけ、と頭の隅で思いつつ、彼女は頷いた。村長たちは安堵したように喜んで、口々に彼女を褒めることを言って帰っていった。


「……」


皆が帰った後、彼女はしばらく目を閉じて動かなかった。再び瞼を上げる時には、全部理解していた。儀式の巫女?違う、生贄だ。若く美しい娘でなければならない?それは、若くて綺麗な方が美味しそうだからだ。要するに、彼らは彼女に村のために死ねと、存在しているかも分からぬ『神』に喰われろと言っているのだ。村には、彼女と同じくらいの年頃で見目の良い娘は数人いる。その中で真っ先に彼女に白羽の矢が立った。彼女が天涯孤独で、いなくなっても誰ひとり困らないからだ。


「……あは」


儀式の最中、村長が怪しげな祝詞を唱える後ろで。彼女はひっそりと、乾いた笑い声をもらす。

なぁんだ。わたし、誰にも必要とされてないじゃない。




* * * * *




「…なまえ」


顔を上げれば、いつの間にやら彼が立っていた。


「三成さま。お帰りなさい」


駆け寄って抱きつくと、彼はゆっくりと頭を撫でてくれた。その手つきは壊れ物を扱うかのように優しく、とても人食いの妖とは思えない。彼――三成は、鬼だ。いや、彼女がかつて住んでいた村の者たちの言葉を借りるなら、『神』だ。彼らがなまえを捧げることで恵みをもたらしてくれるよう祈った、かみさま。そして、人知の及ばぬ力を持ってはいるが、作物の実りを操る能力は一切持ち合わせておらず、それどころか人間を食べ物として捕食する、カミサマ。彼に生贄として捧げられた彼女だが、どういうわけが現在彼の屋敷で暮らしている。理由は分からない。人ならざる者の気まぐれというやつかもしれないが、とにかく彼女はまだ生きていた。そして、どこが気に入ったのか三成は彼女を大いに可愛がった。最初は猫を愛でるような感覚だろうと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。


「…あれ。三成さま、変わった香りがしますね」


陣羽織からふんわり漂った匂いに、すんと鼻を寄せる。華やかな、花の匂い。彼女が嗅いだことのない、麗しい香りだった。思わずうっとりしていると、唐突に三成が彼女を自分から引き離した。きょとんと首を傾げて見上げた先で、切れ長の目が不快そうに歪んでいた。


「?…どうかなさいましたか?」


と、よくよく見ると彼の口元がほんのり赤いことに気づいた。それで、納得。


「あぁ、美味しくなかったんですか?」


問いかけに三成は頷いた。彼は今日、食事となる人間を探しに朝から出かけていた。鬼は人とは違って毎日食事をしなくても生きていける。大体1ヶ月に1人くらいで十分なのだ。そして人を食べる妖全般の傾向として、肉質が柔らかくて美味な若い娘を好む。もっとも、彼の場合は男よりも女の方が仕留めやすいからという理由であって、別に若い娘が好きとかそういうわけではないようだが。


「見目が派手なばかりで、不味かった」


どこの娘か聞くと、ここから大分離れたところにある街に住む、ちょっとした小金持ちの家の娘らしい。珍しい香を使っているようだから、なかなか娘に甘い家なのかもしれない。そうだったんですか、と返しながら、彼女は再び彼に近寄って薄い唇に己のそれを寄せた。ほんのり赤かったところをちろりと舐めて、また離れる。


「うーん。やっぱり、わたしには美味しいかどうかは分かりませんね」


妖の世界に頭のてっぺんまで浸かってはいても、やはり人間だからだろうか。ううん、と首を傾げる彼女を、三成はしばし黙して見つめた。そうして不意に、陣羽織を脱ぎ捨てた。綺麗な布なのに、と目で追っている間に、ぎゅうと抱きしめられる。例の変わった香りが少し薄くなった。彼女の耳元で、彼は呟いた。


「やはり、お前が一番美味い」


これまで耳やら首やら指やらを甘噛みされたことや、針を指に刺してしまった時流れた血を舐められたことくらいで、本格的に肉を食べられたことはない。しかし、普段から人を食している彼には味を判断するにはそれで十分らしかった。耳たぶに軽く歯を立ててくる彼に、彼女はいたずらっぽく笑った。


「どうぞ、ご存分に召しませ」


おどけた口調に「戯れるな」とだけ返し、彼女の背中に回った腕に力がこもる。心地良い圧迫を感じながら、自分も彼の背に腕を這わせた。

鬼に首筋をさらすなど、普通ならば怖くてとても出来やしないだろう。ましてや、甘噛みとはいえ歯を立てられるなど。だが、彼女にとってそれらはまさに至高といっても良かった。この方は、わたしを美味しいと言ってくれる。いつか、わたしを食べてくれる。わたしを、必要としてくれている。それが例え食べ物としてでも、彼女は一向に構わなかった。彼だけが、この人食いの鬼だけが、彼女を彼女と認めてくれるのだ。


「たべて、」


甘いような、ふらつく痺れに体を徐々に侵されながら、やっとそれだけ口にした。答えの代わりに、首筋に尖った犬歯が触れた。







――――――――――
なんか、病んでるのか甘いのか欝なのか分からない話になってしまいました。序盤が長すぎた感があります^^;
とりあえず夢主は、必要としてくれるならご飯にされてもいいっていう考えです。うん、いい感じに病んでますね。対して三成は夢主のことをご飯じゃなくてひとりの女性として好いてます。うん、意外とマトモです。夢主は三成に愛されてるのは分かるけど、それはきっと自分が美味しいからだと思ってます。まぁ、美味しいのは確かですけど。なんか混み合った感じに無自覚…というか、生贄になるまでの経緯が経緯だけにそこまで考えられないんだと思います。うん、三成頑張れ(←え)需要はあるかわかりませんが、書いてて楽しかったです。こんなものですが、読んで下さってありがとうございました!

20140403




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