※ちびっこ龍と妖狐佐助とお父さん



「おきつねさまー」


舌っ足らずな声がしてそちらを見ると、3,4歳の童女がとてとて駆けてきた。


「やぁ。いらっしゃい、お嬢ちゃん」


佐助が笑顔で迎えると、童女は彼の尻尾にぼふっと抱きついた。彼女が来た時はいつもしている、挨拶の代わりのようなものだった。


「もふもふー」
「お嬢ちゃん、ほんと好きだよねぇ」
「おきつねさまのしっぽ、ふわふわできもちいーの」


嬉しそうにすりすり頬ずりする様子はとても可愛い。そんな彼女は名前をなまえといい、龍の雛だった。最近やっと人の姿に転変できるようになったらしいが、本性は青黒い鱗の美しい龍である。この小さな妖は、妖狐の尻尾は大のお気に入りらしく、知り合って以来ちょくちょく遊びにきては佐助の尾をもみくちゃに撫で繰り回していくのだ。


「また旦那方に黙って来たの?」
「うん。ないしょないしょ」


まったく悪びれずにそんなことを言っているが、ひとりで外出することがどれだけ危険なことか、彼女は理解していないのだ。雛とはいえ龍の霊力を欲する者はごまんといる。しかもまだ未熟ななまえは、そういった連中の格好の獲物だ。だから、佐助はこっそり眷属の狐を守りにつけていた。気づかれないようにそっと、彼女が危ない目に合わないように。…どうやら、『旦那方』はそれが気に入らないようだけれど。


「ちゃんとおうちの人に行き先言わないとダメだよ?危ないんだから」
「だって、おきつねさまのおうちにいくっていったら、おとうさまもおにいさまもいっしょにいくっていうんだもん」


なまえがむくれて言う。己は随分と彼女の家族に信用がないんだな、と苦笑しつつ、童女の頬をつついて中の空気を抜いてやろうとする。―――と。


「いっしょにきたら、おとうさまとおきつねさま、ケンカするもん…」


一転、しゅんとした顔でなまえが呟いた。それを聞いて、はっとする。


「…ケンカ?」
「このまえ、おとうさま、おきつねさまのことたたこうとしてた」
「あぁ…あれは、」


彼女のいう『おとうさま』は、佐助とは腐れ縁のようなものだった。彼は、佐助のようなちゃらけた者は気に食わないと面と向かって言いはするが、実際そこまで嫌っているわけではないらしい。佐助が叩かれそうになっていたのも、佐助が前に彼をからかった仕返しであって、本気ではないのだ。しかし、彼女には喧嘩しているように見えたらしい。


「…ごめんね。怖がらせちゃった?」
「…ううん、こわくない。でも、ケンカはいやなの」


へにょんと眉を下げて言う小さな龍の頭を、佐助は申し訳なさそうに撫でた。


「わかった、もう君のお父さんとはケンカしない。仲良くするよ」
「ほんと?」


ぱっとなまえの顔がほころんだ。本当に、ころころとよく表情が変わる。うちにずっと置いときたいくらいの可愛さだ―――と思ったのがいけなかったのだろうか。晴れていたはずの空が突如かき曇り、雷鳴が響き始めた。あまりにも唐突な天候の変化。これは、確実に。


「おとうさま!」


なまえが声を上げた途端、青い雷光が炸裂した。眩しさに一瞬目を閉じ―――ひやり。喉元に冷たい感覚。恐る恐る目を開けると、案の定。


「…ご機嫌麗しゅう、右目の旦那」


佐助の喉に真っ直ぐ刀を突きつけて、眼光鋭い男がひとり、立っていた。刀を持っていない方の腕には、なまえを抱えている。一瞬の出来事に慣れたものなのか、なまえは対して驚きもせずに男の首に抱きついた。


「おとうさま、おしごとは?」
「終わった」


短く答える彼は、どこからどう見ても農作業中だったであろう服装だ。終わった、というよりは無理やり終わったことにしてきた、という方が正しく思える。作業で乱れたのだろうか、後ろに流した髪がひと房、額に垂れている。


「狐、てめェ…次はないと言ったはずだが」
「一応言っとくけどね、俺が拐かしたわけじゃないから」


お嬢ちゃんが自分で来ちゃったんだよ。佐助の言い分を、『おとうさま』――小十郎もわかっているはずだ。彼の愛娘の行動力は、折り紙つきなのだ。分かってはいても、佐助相手に素直に認める彼ではない。持ち直された刀が不穏な音を立てる。と、空気を察したなまえがいきなり小十郎の腕からぴょんと飛び出し、刀を持った方の腕にぶら下がった。衝撃でがくんと腕が下がり、佐助のすぐ横の床に刃がめり込んだ。


「っ…!?何しやがる、危ねェだろうが!」
「ケンカだめ!」


捕まえようとする父親の腕をかわし、なまえは佐助の膝の上に着地した。そして、彼を守るように幼い両腕をいっぱいに広げた。


「いじめたらだめ!」
「いじめ…ってお前、」
「おきつねさま、おとうさまとケンカしないっていった!おとうさまも、おきつねさまとなかよくするの!」


話が見えない小十郎が佐助を睨む。飄々たる妖狐は、腐れ縁の龍に不敵な笑みを返した。


「そうだねぇ。子供の前でケンカするのは、教育上よろしくないよねぇ」
「おい狐――」
「あんまり怖い顔ばかりしてると、お父さん嫌われちゃうかもねぇ?」
「……!」


如何に名の通った龍でも、娘に嫌われるのは嫌らしい。苦虫を噛み潰したような顔で黙った父親を見て、納得したと思った娘は嬉しそうに笑った。


「なかよし!」


そう言ってなまえは佐助と小十郎の手をとった。何事かとふたり同時に彼女を見た。


「お嬢ちゃん?」
「なかなおりのあくしゅ!」
「あ?冗談じゃ――」


誰が、こんないけすかねェ狐と。言いかけて、にこにこ笑っている娘の表情に、うっと口をつぐむ。


「……しょうがねェな」


観念した様子の小十郎を興味深げに観察しつつ、佐助は膝の上のなまえをちらと見やった。龍の子は、頭から音符を飛ばして上機嫌であった。


「…ちょっと旦那、手めっちゃ痛いんですけど」
「気のせいだ」





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幼女はいいもんだ。そして小十郎はいいパパになりそうです。ちなみに、おにいさまは政宗です。では、読んで下さってありがとうございました。

20140405





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