※さつきあめ番外編。Log2にある『セカイノオワリ』を読んでからだとわかりやすいかもです。




彼女は、笑顔の綺麗なひとだった。

それは、まだ高校生の頃で。いつものように親友とともに宇宙センターへやってくると、見慣れない女の人と遭遇した。この施設の職員の知人だという彼女は、彼らの自己紹介を聞いて少しだけ首を傾けた。


「王泥喜法介くん?」


覚えやすくていい名前だね、と彼女は微笑んだ。


「一度聞いたら忘れられないよ。…あ、法介くんて呼んでもいいかな?」


何と答えたのかはそれどころではなかったので定かでないが、とにかく何度も頷いたのは確かだ。そして、彼女の名前を尋ねたんだ。


「私?比良城なまえだよ。男の人みたいな名前でしょ」


彼女の言うとおり、その名前はあまり女性には使わない。それでも、彼女の雰囲気によく馴染んでいた。とんでもない、すごく綺麗な名前です。そんなようなことを、つっかえつっかえ答えた気がする。すると、彼女はちょっと目を瞬かせてゆっくり笑った。


「ありがとう。嬉しい」


彼よりも数センチ高い位置から、くりくりと頭を撫でてきた。高校生にもなって恥ずかしかったが、何故かやめて欲しくない気持ちもあった。横で親友がにやにやと人の悪い顔で笑っていたけれど、当時の彼は、ただ彼女の柔らかな微笑みに魅せられていた。後で知った話だけれど、彼女はまだ成り立ての検事だったらしい。将来、彼が無事目指す職業に就けたなら、彼女と法廷で会うこともあるかもしれない。偶然なのかどうなのか、彼が夢への道に更に熱を入れ始めたのはこの頃からだった。




彼女は、笑顔の脆いひとだった。

初めて会ってから1年余りが経過した頃、大事件が起こった。彼女はその事件の担当検事として、法廷に立った。――結果は。


「…法介くん」


こちらから呼びかけた背中は、逆に彼の名前を呼び返してきた。向こうを向けたまま。


「まだ残ってたの?もう遅いから、早く帰りなよ」


確かに、いつもならもう帰っている時間だ。親友は玄関で待ってるからと言って先に階下へ降りていった。あなたは、帰らないんですか。迷った彼がそう尋ねると、ほんのちょっとだけ笑い声が立つ。


「…あと少ししたら帰るから、気にしないで」


ありがとう。口にしたお礼の言葉は、びっくりするほど乾いていた。彼女が発しているとは思えない、声。彼よりも幾分背の高い姿はびくともしない。…きっと、彼が何をしたとしても。遠慮がちに別れの挨拶をして、部屋を後にする。自動ドアが閉まる音の直前、どさりと何かが床に落ちる音がした。何事かと引き返そうとした彼の耳に、一言。


「……迅さん、」


瞬間。ぴたりと足が止まった。消え入りそうだったのにいやにはっきり聞こえた単語が、彼の靴と床を縫い付ける。結局彼は、部屋に戻ることができなかった。






彼女は、笑顔の巧いひとだった。

それから7年経って、彼は見事夢を叶えた。それでもここ1年は色々大変なことがたくさんあったが、何とか居場所も見つけてやっていけている。そして、彼女は。


「法介くんさ、最近かっこよくなったよね」


いつかの裁判が終わった後、彼に缶ジュース(おしるこなのでジュースと呼んでいいかは微妙)を差し出しながらそんなことを言った。


「弁護士になったばかりの時と比べて、けっこう違うよ」


今日だって私のこと負かしちゃうし。裁判に負けたのに、にこにこと機嫌良さげに笑っている顔は、とても整っていた。しかし、初めて会った頃とはどこか決定的に異なっている。


「…なんていうか、大きくなったよねぇ。あ、身長の話じゃなくてね?」


わざわざ付け加えなくても本人が一番分かっている。唇を尖らせつつおしるこを一気に口内に流し込むと、予想以上の熱さに小さく悲鳴を上げた。隣りでは彼女がおかしそうに声を立てている。


「やっぱり、いつもの法介くんだ」


どういう意味ですか、と尋ねても、彼女は笑うだけで教えてくれなかった。その横顔をそっと見ながら、今日の公判を思い出し――ぞくりと背筋が粟立った。


―――撃ってみればいいんですよ。


証拠品の拳銃を自らのこめかみに向け、事も無げに言い放った彼女。その微笑が穏やかすぎて、凍りつくような思いだった。


「そろそろ戻った方がいいんじゃないかな?成歩堂さんたち、きっと探してるよ」


ちょうどおしるこがなくなったくらいのタイミングで、そう切り出す。あなたは、戻らないんですか。前にもしたような気がする問いをする。


「んー、もう少しだけ休憩してくよ。検事局に帰ったところで書類の山とコワイ上司しか出迎えてくれないし」


ころころと笑い、ミルクティーの缶を口につける。彼は口を開きかけ――結局、閉じた。それじゃあ、と簡単な挨拶とおしるこへのお礼を口にして、彼は席を立つ。


「またね、弁護士さん」


その言葉は、彼の足を床に縫い止めてはくれなかった。





彼女は、笑顔の美しいひとだった。

長い、7年間の鎖が断たれたその時、彼女は裁判所にはいなかった。少し前に上司と一緒に検事局に戻り、その後で上司だけは証拠品を持って後で来たのだが、彼女はそのまま留まったようだ。追加で確認したいことがあったからだそうだ。そして閉廷後、関係者が皆集まってわいわい話している時。彼は、その声を聞いた。


「……いいんですか?」
「…ええ。もう十分です」


覚えのある係官の声に続いて、小さな、彼女の声。思わず皆に断ることもなく、控え室の外へ足を向けた。――けれど。


「……なまえ…?」


間近でこぼれた呟きに、はっとする。上げた視線の先で、“彼”もまた、扉の方に顔を向けていた。その表情が、今まで見たことのないもので。


「…ユガミ検事」


足をそっと戻しつつ、当人にだけ聞こえるような声で呼びかける。彼が話しかけてきたことが意外だったのか、目を瞬かせていた。


「いいんですか?」


先ほどの係官と同じことを口にする。何が、とは彼も言わなかったし、向こうも問わなかった。


「…先行っててくれるか」


元々低音の声がもっと低い。こっちも声を落として分かりました、と返事をすると、ほんの少し切れ長の目を細めて、「悪い」と短く言った。


「あの、皆さん、そろそろ移動しません?」


王泥喜が一同に声をかけるのとほぼ同時に、控え室の扉が音もなく開いて――閉まった。明るく了承の返事をしてきた面々は、扉については何も言わなかった。


「ありがとう」


後でラーメン屋台にて合流した彼女は、こっそりと彼にそう言った。彼女と一緒に来た“彼”はそっぽを向いていたけれど。


「いい男だね、法介くんは」


味噌ラーメンのネギを彼の器にそっと移しながら、彼女は裏腹の穏やかな声音で言った。


「あんまりにもかっこいいから、あーんしてあげよう。ほら法介くん、あーん」
「…自分がネギ食べたくないだけじゃないですか」
「当たり前でしょ。そーれっ」
「むぐっ」
「あ、先輩ずるいですよ!わたしもなまえさんにあーんされたい!」
「みぬきも!」
「こらこら、そこはユガミ検事に譲ってあげようね」
「…そんなにその中途半端な前髪斬って欲しいのかねェ、成の字?」


わいわいと言い合いをする中で、彼の口の容量いっぱいにネギを詰め込む彼女の笑顔は。この上なく――美しかった。







彼女は、綺麗なひとだ。

いつもより少しだけはっきりと化粧をして。いつもより少しだけ華やかな服を着て。いつもよりはにかんだ表情の彼女は、どこからどう見てもきれいだった。
あれから数ヶ月、彼女にまつわるいくつかの出来事があった。検事・オブ・ザ・イヤーを受賞して、その副賞として3ヶ月間アメリカに研修に行ったり。帰国早々、同棲している恋人と結婚を決めたり。


「大丈夫だよ、」


電話の向こうでそう言う声は、ちょっとだけ困っていた。理由は、明らかだ。彼女が結婚するということは、帰国直後に直接聞いていた。その時は何とか耐えられたはずなのに、この時は彼女の声を聞いた途端、涙が溢れて止まらなくなった。結婚式当日でもないのに泣き出した彼に、彼女は少し困っているのだ。とにかく彼を落ち着かせようと、何度も「大丈夫」と繰り返す。親友の声ならば涙も引っ込もうというものだが、彼女が言うと余計に助長されることを彼女自身は知っているのだろうか。

いい加減喋るのも辛くなってきた頃、己と同じくらい散々な状態になっている後輩が電話を替わってくれと言ったので、何とかかんとか途切れとぎれに祝いの言葉を口にして、電話口を離れた。すると、自分よりも低い位置からティッシュの箱が差し出された。続いて頭に大きな手が乗る。視界には、もう何も映らなかった。


「法介くん、」


物思いにふけっていたらしく、間近で呼ばれた名前に顔を上向けた。すると、綺麗な微笑みに迎えられた。彼が大好きな、笑顔。やっぱりあなたは、その顔が一番似合います。恥ずかしすぎて言えないけれど。代わりに、彼はいつものように快活に笑ってみせた。


「おめでとうございます、なまえさん」


今度は、はっきりと言うことができた。それを受けて、彼女はやはり。

ありがとう、と微笑んだ。





↓オマケ
「せんぱぁぁぁぁい!!」
「オドロキさぁぁぁぁん!!」
「わっ…希月さんにみぬきちゃん、どうしたの?」
「うっ…せ、先輩…っ今、」
「すっごくかっこいいです…!」
「え?何だよいきなり…わぁっ、ちょ、抱きつかないで!公衆の面前だから!……っほんと、何なんだよもう…」


「…皆いい子ですよね」
「うちの自慢だよ、なまえちゃん」

所長はそう言って、穏やかにその様子を見つめていた。




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最終回で王泥喜くんが号泣してた本当の理由の話でした。連載では夕神さんか冥ちゃんしか主に絡んでなかったので、夢主と他の人との関係が見えにくくなってしまっていました。ということで、まず夢主にずっと片想いしてた王泥喜くんを。7年前に知り合えたのは、その時既に夢主が夕神さんと付き合ってた関係で宇宙センターに出入りしていたからです。あと、なんか自分で書いたのに王泥喜くんをぎゅーってしてよしよししたくなりました。なので、代わりになんでも事務所メンバーにやってもらいました。事務所の皆は、多分知ってたと思います。人の心に敏感な特殊能力持ちばっかりですし。そしてナルホドくんマジお父さん。それと、細かい話ですが夢主の身長は167cmなので、王泥喜くんより高いです。ヒールを含めるともっと…(自重)ちなみにタイトルはそのままBGMです。私は清○翔太さんバージョンを聴きながら書いてました。では、感想等ございましたらお気軽にどうぞ!読んで下さってありがとうございました。

20140527




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