※夢主は陰陽師



「加々知と申します」


無表情で名乗ったその男は、昨日配属されたとのことだった。彼女が所属する陰陽寮とは別の部署だが、一言挨拶を、と彼はひとりでやってきた。

自分の名前を名乗り返してから、彼女はさりげなく彼を見つめた。初対面の人物を観察するのは最早職業病と言っていい。目の前にいる者が、人間とは限らないのだ。


「…加々知殿」


少しの間を空けて彼女は口を開いた。はい?と小首を傾げる男の顔は、やはり無表情。何も読み取れない。


「貴殿、変化は得手か?」


鋭い目つきの彼は。


「……、…」


彼女の言葉にひとつ、目を瞬かせた。








「好きです」
「うん」
「大好きです」
「そうか」
「真面目に聞いて下さいよ」
「聞いてるよ」
「それ、私の目を見て言えますか?」
「うん」
「…なまえさん。こっち見て下さいってば」
「そうだな」
「見ないとキスしますよ」
「うん」
「……。………むぐ」


椅子に座った彼女の肩に手を置き、背後から顔を覗き込むようにして唇の奪取を試みた。が、無言で口に札を貼られてしまった。彼には見えないが、クチナシの花の絵が描かれている。


「むー」
「…己の仕事はどうした、加々知殿」


札の効力で口を塞がれた彼が、不機嫌そうに唸る。彼女はようやっと書物の手を止め、顔を上げた。べりっと札を剥がしてやると、さすがにちょっと苦しかったのか大きく息をつく。


「いい加減にして下さい。私は“鬼灯”です」
「知ってるよ、加々知殿」


今から千年ほど前、まだ彼女が生者として現世にいた頃。当時彼――鬼灯は『加々知』という偽名を使用していた。現世の視察ということで来ていた彼は、陰陽寮に赴いた際、そこの職員だったなまえと初対面と相成った。その時既に都随一の陰陽師として名を馳せていた彼女は、地獄でも妖怪たちの間で話題になっていたから、鬼灯個人の興味として、一度会ってみたいと思っていたのだった。それから対面五分で正体を見破られ、滅されかけたのは良い思い出である。


「私は、女性に苛められて喜ぶような性癖は持ち合わせていませんし、今後目覚める予定もありません。しかし正直、あの時は痺れました」


後に鬼灯はそんなことを口走り、周囲に超大型爆弾を投下したという。コワイ。いきなりそんなことを食堂で「あ、明日旧作レンタル八十円だ」みたいなノリで言い放つ鬼灯もコワイが、それ以上に彼にそこまで言わせる陰陽師がコワイ。それでいいのか地獄の鬼神。


「彼女、早くこっちに来ないかな…一緒に亡者呵責したい」


やっぱりいつも通りだな我らが補佐官。

まさかの鬼灯退治未遂騒動をきっかけに、ふたりは退治する側とされる側という垣根を越えた(鬼灯が一方的にせっせと乗り越えていくわけだが)付き合いを続けていった。そして数十年後、人としての生を終えて地獄にやってきたなまえは、鬼灯の推薦で閻魔庁に就職したのである。稀代の天才陰陽師という人材を弾く企業は、とりあえずあの世には存在しない。

それから千年、なまえは未だに彼のことを偽名の方で呼ぶのだ。理由はちっとも教えてくれない。ちゃんと“鬼灯”の方で呼んでくれと言っても流される。だがそういうところが彼は好きだった。


「私、今日は非番なんです」
「へぇ。珍しいな」
「久しぶりに貴女と食事でもしたいと思いまして」


全くこの男は、そんな誘い文句を無表情でさらりとのたまう。怜悧な美貌を持ち、女性職員からの人気も高い彼だから、他の女の子に同じことを言えば二つ返事で是非にとお願いしてくる子は多いだろうに。……あぁそういえば、「なまえさん以外にこんなこと言ってもしょうがないでしょう」とかなんとか言ってたな。


「勿論、食事の後にチョメチョメなことに至るのも、やぶさかではありません」
「チョメチョメって何だ。…とにかく、明日は現世で仕事があるから、悪いがまた今度にしてくれ」


喋っている最中も再開した手元は止まらず、整った字の群れがさらさらと白い紙を埋めていく。なまえは非常に字が上手かった。明朝体からゴシック体、行書体に丸文字など、フォントを自在に操ることもできた。今は通常の書類なので、明朝体である。


「…そう、ですか」


彼女の返答にぽつり、と呟く。いきなり声音がトーンダウンしたので、思わず顔を上げた。千年来の友人は、いつも通りの無表情。いや、この男の場合は無表情にも色んな種類があるのかもしれないが。


「わかりました。では、またの機会に」
「…すまないな」
「いえ、お気になさらず。……さて、私はそろそろ失礼します。お仕事の邪魔をしてすみませんでした――××さん」


淡々と言って、彼は執務室を出て行った。ガチャリと扉が閉まる音を聞きながら、ため息をひとつ。


「……」


あいつ、意外と分かりやすい時あるよな。

仕事の話題が出た途端、呼び方を本名から陰陽師としての名に切り替えた友人の背中を思い出した。


「…閻魔様が八つ当たりされなければいいけれど」


誰に言うともなく呟くと、どこかから同意するように、カタカタと音がした。




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最近仕事の影響で、手からネギの匂いしかしないかしこです、お久しゅう。更新していない間もフリリク時々鬼灯様みたいな感じで浮気しつつ書いておりました。さて、割とデレ全開の鬼灯様もいいですよね。勝手なイメージですが、一旦好きになったら変にツンデレず堂々と言いそうな気がする。ジャンル増えたらゴメンネ!
では、読んでくださってありがとうございました。

20140502



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