「私のことは、家事の出来るペットと思って頂いていいですから」



そんな、他の人が聞いたら誤解を招きそうな台詞をさらっと言ってのける猫様である。

彼は部屋に上がる際「失礼致します」と非常に礼儀正しく断り、冷蔵庫の扉を開けた瞬間「貴女よく今まで生きてこられましたね」と礼儀も何もあったもんじゃない言葉を投げてきた。

そもそも部屋に入っていきなり冷蔵庫を開けるのもどうなのか。

カガチは野菜室から1本だけ残された何かをつまみ出した。



「何ですかコレ、こんなに茶色いナス初めて見ましたよ」
「あっ、それは…」
「バナナじゃないんですから、茶色くなったところで甘くもなんともありませんよ。お腹壊すだけです」
「えーとその…買ったの忘れてて、」
「普段料理しないこと自白してるようなもんですね」



ナスは悪くなりやすいんですよ、と嘆息しながら哀れな野菜をシンクに置き、再び冷蔵庫を覗き込む。早速なにか作ってくれるようだ。



「あの、今日は私が作りますよ?」



恐る恐る提案すると、



「病院の御厄介になるのは避けたいので大丈夫です」



まったく失礼極まりない猫様だなちくしょうめ。



「この時間ではスーパーも閉まってますし、台所にあるものを適当に使いますよ。よろしいですね?」



語尾に申し訳程度につけたクエスチョンマークをへし折りたい気持ちを抑えて頷くと、カガチは帯に挟んでいたスズランテープをおもむろに引き抜いた。

それから慣れた手つきで袖をくくり、作業の邪魔にならないようにする。

そういえばこの人、若いのに和服だ。しかも着慣れている感がある。

というかそれ尻尾じゃなかったのか。



「……」



カガチは調理に集中してしまい、それきり何も言わなくなってしまった。

何となく手持無沙汰になり、ソファの背もたれに腰を預けて指先を遊ばせる。

手際よくナスに包丁を入れ、なつめ自身所在の分からなかった謎の調味料を棚から出す。

…あれの中身なんだっけ。味の○?はたまたハ○ミーか。たぶん後者だ。

そんなことを考えながら黒い後ろ姿を見つめる。

背中には逆さまになったホオズキの意匠が凝らされている。

そういえば「カガチ」はホオズキの異称だったような気がする。洒落か?

友人の悪戯計画に加担している(と思われる)とはいえ、なかなか粋な人物…もとい、猫だと思った。

現代のコンクリートジャングルを生きる彼女には本当の“粋”がどういうものかなんて分からないが。



「…見られてるとやりにくいんですけど」



ふと、手元に目を落としたままカガチが口を開いた。

この猫様、背中か後頭部に目がついてるのか。



「あの…猫って料理できるんだな、と」
「当然の嗜みです」
「…あなたほんとに猫ですか?」
「疑り深い方ですね。ほら、にゃーん」
「いや“ほら”とか言われても」



親指を握り込んで手首を曲げ、なつめに見えるよう掲げる。

ポーズだけは猫だが、何しろ声がバリトンだ。

プロの声優さんかと思うほど良い声には違いないのだが、低音で「にゃーん」とか鳴かれても可愛くはない。

あと、仕草も口調もいたって面倒そうである。



「暇なんですか?」
「そんなにはっきり言わなくたっていいじゃないですか」
「暇なんですね。…それならこれ味見して下さい」



そう言って、振り返りもせずに小皿を差し出して来た。

少量の味噌汁をこぼさないよう受け取って、ちょっと見つめた。

…大丈夫だろうか。毒とか入ってないよね?



「毒ではないですけど、××××××は入ってるかもしれません」



…なに?今なんて言ったの?

ちょうど一番肝心なところが、食材の焼ける音が被さって聞こえなかった。

本当に大丈夫か、この味噌汁?なんか妙に赤黒いけど…。

意味もなく小皿を揺らしたりしたのち、意を決して口を付けた。

いつの間にか、カガチも手を止めてこちらを振り返っている。



「……!おいしい!」



無意識に閉じていた目をぱっと開き、なつめが声を上げた。



「これすっごくおいしいです!見た目はグロいけど!」
「全国の赤味噌ユーザーに謝りなさい」



ため息をついて、カガチは空になった赤味噌のパックを差し出して来た。



「元からこの家にあったものしか入れてませんよ。変なのが入ってたとしたら貴女の管理が甘いせいです」
「そんなことよりどうやったらこんなおいしい味噌汁できるんですか!?」
「…話を聞かない人ですね」



彼の言った通りだ、とカガチは続けて呟いた。

ナスと玉ねぎの欠片をフライパン上で踊らせながらだったので、なつめには聞こえなかったのだが。



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