突然ですが、私、近々里に帰ることになりました。 父が病に倒れたので家業を継がねばならないのです。 貴女とはそれなりに長い付き合いでしたね。 深夜にやっと帰って来たと思ったら、私に対するあてつけのように夜食を頬ばる貴女。 こっちが昼寝の時間なのに関わらず全身を無遠慮にモフってきた貴女。 色々とお世話になりましたよ、ええ。 ぜひともお礼がしたいと思い、こうしてヒトの姿に変身した次第なのです。 いやぁ、ちょうどいい大きさの段ボールや適した行き倒れ場所を探すのは予想以上に骨が折れました。 …何故って、この手のお話のテンプレでしょう? 『きみ○ペッ○』や『植○○鑑』という作品を読んだことはおありですか? ……まぁそんなことはどうでも良いのです。 そんなわけでご主人、これからしばらくの間、私は貴女に尽くします。 自分で言うのもあれですが、私は他に比べて躾けのなった聞き分けの良い猫です。 まず、引っ掻きません。 噛んだりしません。 小鳥やネズミをハンティングして貴女の前に放置するという謎行動も、もちろんしません。 炊事洗濯掃除もできます。 貴女を朝は「逝ってらっしゃい」と見送り、夜には「お還りなさい」と出迎えます。 …漢字がおかしい?気のせいですよ。 貴女が望むなら添い寝もして差し上げますよ。 ご安心を、もちろんそれだけです。 貴女が欲しがらない限り何もしません。 私は豚ではなく猫ですから。…あぁいえ、こちらの話です。 さて、そろそろ体も冷えてしまいますから中へ入りましょう。 「……ってか私の家なのに何であなたが仕切ってるんです?」 なつめは至極もっともなことを口にした。 当然のようにドアの前で腕を組んでいるこの妙な人物(猫らしいが)は、ひょいと首を傾げた。 「おかしなことを仰る。ここは貴女の家であると同時に私の仮宅でもあるのですよ」 「…まだご自分が“黒いの”だって言うんですか」 「“黒いの”じゃありません、カガチです」 男は不機嫌そうに眉根を寄せた。 見上げるほどの長身に見下ろされ、威圧感が半端ではない。 天樹なつめ(26歳、会社員、独身)は、現在1人暮らしである。 いや、正確には1人とたまに1匹だ。 入社したてのころ、たまたま道端でお腹を空かせていたのを発見、餌を与えたのがきっかけでなつめの家に入り浸るようになったノラ猫。 フラリと現れてはいつの間にかいなくなっている彼を、なつめは「黒いの」と呼んでいた。 由来はそのまんま、体が真っ黒だからだ。 その黒いの、最近姿を見せないと思ったらなんと人間の姿に変身して恩返しに来たのだから驚き……を通り越してむしろ笑えてくる。 「なにニヤついてんですか、気色悪い」 黒いの改めカガチ(こっちが彼の本名らしい)は、掃除した後に落ちている髪の毛へ向けるような視線をこちらに寄越した。 猫の姿でも妙な貫禄とふてぶてしさを漂わせていたが、いざ人として見てみると迫力がすごい。 …と、早くも彼の“自称猫”を認めつつあることに気付いた。 多分黒いののエピソードを聞いた友人の誰かが、そのまた知人でも使って悪戯を仕掛けているんだろう。 なつめの友人には、たまにこういう突拍子もないことを平気で実行する、愛すべき阿呆が何人もいるのだ。 万が一何かあっても元々彼女はそういう方面に割と開放的だし、大金も置いていない。 そもそも友人たちがそんな危ない男を計画に使うとは思えない。 それでも用心するに越したことはないのだが、この男性の妙にどっしり構えた雰囲気に根拠もなく「大丈夫かな」と思ってしまったのである。 (まぁ…せっかく尽くしてくれるって言うんだし) それが彼女の答えだった。 「…分かりました。黒いの…いえ、カガチくん」 「カガチでいいです」 ナンバーロックを解除しながら横目で見やると、ふとカガチの頭部に視線が吸い寄せられた。 …あれ、なんか角生えてない? 「ご存知ないのも無理はありません。ヒトに変身すると生えるものなのですよ」 「…耳も尖ってますけど」 「猫ですから。当然です」 「いやいや、もう猫耳ついてるじゃないですか。百均で買ったみたいな、とってつけたようなやつが」 「失礼な、尻尾もちゃんとあるというのに疑いますか」 「どう見てもスズランテープですありがとうございます。尻尾取りゲームかよ」 「細部まで気を配れる女性は魅力的ですが、どうでもいいところにまで細かい女性は嫁き遅れますよ」 余計なお世話だ。 そんなわけで、なつめと自称猫の生活が始まった。 どんなわけだ、と当時の自分に言ってやりたいと後になつめは語ったという。 見たことあるけどない光景 漫画や小説の中だけだと思ってました。 |