Log2 | ナノ

※7年前の夕神さんと先輩検事




やってしまった。検察官としてあるまじき失態だ。夕神迅は、両手で顔を覆ってうなだれていた。そこに、高い靴音が近づく。音は夕神の目の前で止まり、彼が顔を上げる前に後頭部に何かが乗った。


「はい、そのままー」


頭上でピロリン、と音がする。


「夕神くん、すごいバランス感覚だねぇ。缶、全然動いてないよ。思わず写真撮っちゃった」
「…何やってるんですか」
「コーヒー買ってきたから乗っけてみた。…あ、もしかして後頭部絶壁?じゃあ坊主頭は似合わないねぇ。あれ、頭の形きれいじゃないとヘンだから」
「…するつもりはないです」


まったく、なんなのだろう。ふざけている場合ではないというのに。


「……」


深くため息をつく彼に、目の前の靴は爪先で床を軽く叩いた。


「…元気出しなって。無理だと思うけど」


頭の上が軽くなり、となりに誰かが腰掛けた。誰か。よく知っている人だ。夕神の先輩検事で、今回彼のせいで色々と奔走するハメになった人。


「…すみません、なまえさん…」
「なにが?」


彼女は缶コーヒーを口に運びつつ首を傾げる。もしかしなくても、さっきまで彼の後頭部に乗せられていたものだろう。どうやらこの先輩、後輩の頭に口を開けた缶を乗せていたらしい。


「俺のせいで…」
「気にしなくていいよ。こんなの迷惑のうちに入らないし」


はい、と開いていない缶を差し出す。『少納言しるこ』と書かれたそれは、彼が好きでよく飲んでいるものだ。遠慮の少ないやたらめったらな甘さが売りの飲料である。受け取りながら、その温かさに少しほっとする。しかし、ほっとしたところで自分の犯した失態が消えるわけではない。


「あのさ夕神くん。責任とって辞職しようとか思ってない?」


考えていることを当てられても驚きはしない。この軽薄に見える先輩検事は、学生時代に心理学の研究をしていたそうで、他人の気持ちを読み取るのに長けている。


「やめときなよ。犯人取り逃がしかけたくらいで辞職とか」


なんでもないように言い切るが、とんでもないことである。今日、取り調べ中になんと犯人が脱走しようとしたのだ。取調室を出てすぐのところで何とか取り押さえられたが、相手に逃げる隙を与えてしまったのは全て己が未熟だったせいだ。そのために、彼が検事になり立ての頃指導員をしていたなまえにまで責任が回ってきて、彼女は事後処理に追われて下げなくてもいい頭を下げるハメになった。謝っても謝りきれないし、そもそもゴメンで済んだら警察はいらない。そんな彼の言い分を聴き終わるまで、先輩は静かにコーヒーを飲んでいた。話し終えて彼が口をつぐむと、なまえはやっと缶から唇を離した。


「…言いたいことは分かりました。まぁ、夕神くんド真面目だから、大体そんなこと考えてるだろうとは思ってたけど」


先輩は苦笑し、缶を弄ぶ。空になったようだ。あのね、夕神くん。と続ける。


「君はこれから長いこと、この道を歩んでいくことになると思う。その間にはきっと色んなことがある。おとぎ話よりもずっとおかしな事件と嫌ってほど遭遇するわよ。それに比べたら、今回のハプニングなんて、蚊に刺されて水が溜まったくらいの災難、ひと夏の恋くらいに思ってていいの」
「は、はぁ…」


相変わらず、例えが珍妙だった。虫刺されに水が溜まるって、けっこう重症化してないか?そして虫さされとひと夏の恋を並べる意味がわからない。とりあえず些細なことだと言いたいのかな、と解釈して、夕神は曖昧に頷いた。


「だから、辞職するなんてダメよ。せっかく資格とったのに勿体ないでしょ?あたしも教えた意味なくなっちゃうし」


そして、彼女は缶を横に置いて手を持ち上げた。白魚のような手の行方は、夕神の頭。


「ほら、いい子だから。ね?」
「…子ども扱いしないで下さい」
「ホント君って、わんこちゃんみたいでカワイイよねぇ」


最早人ですらなかった。年上の彼女からしてみれば、二十歳そこそこの男など大人として見てもらえないのだろうか。なでなで、なでなで。彼女の手つきはまるで、動物を愛でるようだ。かわいい、かわいい。そう繰り返す彼女にいい加減再抗議しようと手を持ち上げかけた、その時。


「…夕神くん」


急に、なまえの声が低くなった。今まで聞いたことのない声だ。


「今回のことで、上がなんと言ってこようと、」


する、と頭から手は滑り落ち、今度は彼の頬に当てられた。


「君は、あたしが守るから」


絶対に。
 「こんな将来有望な後輩、辞めさせてなるものですか」


毅然として言い切ったその言葉に、目が丸くなる。


「…なまえさん、」
「だから、」


突如として、彼女が彼の頬をぷにっとつねる。痛くはないが、驚いた。これまでの空気をぶち壊しにする行為である。


「ラーメン食べに行くよ」
「え?」
「味噌ラーメン。あたし行きつけの屋台教えてあげる」


やたらしょっぱいけど。にっこりと明るく笑い、彼女は立ち上がった。そして、呆気にとられる夕神に手を差し伸べてくる。


「ほらほら後輩くん、早くする」
「…はい」


つられて微笑み、その手をとった。想像通り柔らかな感触がして―――いや、待て。想像、ってなんだ。


「?…どしたの?」


怪訝そうな彼女とばっちり目が合ってしまい、慌てて手を離す。すると、少しだけ、彼女が残念そうな顔をした。


「…純情バンザイ」
「…?なんですか?」
「いーえ。なんでもありません」


そう言って、さっさと歩き始める。後輩もその後を追って足を踏み出した。触れられるほど近い位置にある手は、気にしないことにした。




――――――――――――
7年前の夕神さんと先輩女性検事でした。夕神さんのキャラが分かんないです。真面目で初心だったのかなぁと勝手に想像して書きました。そんな後輩をかわいいかわいいする先輩。かわいいされて実は嫌じゃない後輩。…ベタですね。あと、この先輩の影響で心理学に興味持ったという裏設定があったりして。
読んでくださってありがとうございました!

20140103









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