「思い知ったか、男共!これからは乙女が強く生きる時代だ!」 大剣をどすりと地面に突き刺し、腹から声を出して一喝する。その様は、そこらの男よりも余程勇ましく、雄々しかった。井伊谷城主・井伊直虎の前には、乙女を軽んじる男など尻尾を巻いて逃げるしかなかった。 「ひ、ひいいいい」 最初は直虎や彼女のなでしこ達を「所詮女よ」と侮っていた敵軍も、直虎が大将の鼻先に刃を突きつけた頃には、我先にと逃げ出してしまっていた。 「ふん、情けない!これだから男は!」 逃げていく敵兵たちの背中を見送りながら、直虎は剣を引き抜いた。と、そこへ一陣の風が吹いた。 「お疲れ、直ちゃん」 「…なまえか」 風とともに現れたのは、軽装に身を包んだ細身の人物だった。なまえと呼ばれたその人物は、地面に片膝をついた状態で直虎を見上げ、にっこり笑う。 「いやぁ、今日も見事な気合の入りぶりだったねぇ。なでしこ達の士気も十分だよ」 頼りがいのありすぎる女主人に、男衆の気合はますます戦いに向かなくなっているが…それはあえて口に出さなかった。 「これしきの気合では、まだ乙女の幸せは勝ち取れない。…なまえ!帰ったら手合わせだ!」 「えぇー、今日くらい休んだってバチ当たらないよ?」 「お前は!そんなことでは世の男共に目にもの見せてやれないぞ!それだから軟派といわれるんだ!」 「僕はいいんだよ。このくらいやわっこい方が、色々便利だから」 なまえが軽い調子で言うと、直虎は眉根を寄せた。 「そもそも、今までどこにいた?…まさか、どこぞの輩と遊んでいたのではあるまいな?」 「人聞き悪いなぁ、偵察だよ。敵情視察。大事でしょ?…ま、ついでにちょっぴり楽しいことしてきたけど」 「ま、またか!お前という奴は…!それでもなでしこの一員か!」 「美女撫子の花言葉は『器用』!器用に生きてます☆」 「ふざけるな!」 相も変わらぬ言い草に、直虎が大剣を振り下ろす。まさか本気で当てる気はないのだろうが、なまえはわざとらしく「危ない危ない」などと言って剣を避けた。 「もう、怒らないでよ。武田さんの美味しい情報、もらってきたからさ」 「…なに?武田…だと?」 因縁の相手の名を聞き、直虎は刃を引いた。 「真田の忍軍のトモダチから聞いたんだ。…教えて欲しい?」 「もったいぶるな!さっさと教えろ!」 「…ふふ。やっぱり素直でかわいいねぇ、直ちゃんは」 と、笑いながら立ち上がって先を歩き始めるなまえの腕に、白い布が巻かれているのを見つけた。うっすらと赤色が滲むそれに、直虎は前を行く忍びを呼び止めた。 「おい、なまえ…それは、」 「ん?…あぁこれね。ちょっとつっつかれちゃっただけだよ。…槍で」 「誰にだ?どこの男にやられた!」 「まぁ…誰でもいいでしょ。大した怪我じゃないんだし」 「槍……真田だな?そうなんだろう!真田め…!乙女の玉肌に傷をつけるとは、許しておけないッ!」 「…うん、面白いからそのままにしとこう」 とばっちりで悪いね、幸村さん。楽しげに呟くなまえの手が、突然とられた。見れば、いつの間にか隣に立っていた直虎が怪我をしたなまえの手を持ち上げていた。 「…直ちゃん?」 「傷は洗ったか?薬は付けたか?迅速に処置しなければ、痕が残ってしまうぞ」 「あ、うん…ざっとはやったけど」 「ざっと?丁寧にやれ!曲がりなりにも乙女だろうお前!」 「う、うーん…なんか、ゴメンね?」 「謝るのは真田だ!…手合わせは中止だ!来い!」 「わ、い、痛い痛い!引っ張らないで!」 怪我した方とは反対側の腕を掴み、直虎はずんずん歩き出した。早く帰って包帯を替えなければ、と呟く彼女に、なまえは少しだけ微笑んだ。 「…直ちゃん」 「なんだ」 「ありがとう。…大好きだよ」 「私は乙女の味方だ。お前のようにちゃらけた者でも、乙女には違いないゆえな」 「…そう、だね」 なまえは、腕を引かれながら主の後ろ姿を見つめた。長い黒髪が、彼女の歩みに合わせて軽やかに揺れる。ふと、無性にその髪を指で梳きたくなって―――瞬きをひとつ。 「…直ちゃん、後で一緒に水浴びでもしようか?…僕は脱がないけど」 「?服のままで水に浸かると風邪を引くぞ」 きょとんとした声で言う主に、なまえはそうだね、とだけ返した。 ―――――――――――― 久しぶりのバサラです。4はまだ買ってません。動画で我慢しております。それでも我慢しきれなくなって投稿。直虎ちゃんかわいいよ。それから、小説の内容について一言だけ。百合じゃないですよ。 20140216 |