※海外研修の話・番外編 日本人は、古来より湯につかるのを好む。それは現代でも同じだ。彼もそんな内のひとり。浴槽のへりに肘をついて、ぼんやりと天井を見つめる。と、不意に風呂場の戸がノックされた。 「迅さーん、着替え置いとくよー」 「あァ、悪ィな」 着替えを持ってきてくれた彼女の影が、すりガラスに映る。 「…?」 しかし、なかなか消えない。いつもなら、服を置いてそのまま去っていくのだが。何やらばさばさという音がする。そのまま見つめていると、戸が開いた。向こう側からひょいっと彼女が顔を出す。 「…なんだ?」 「気にしないで」 そう言って、浴室内に入ってくる。胴体にはタオルが巻かれていた。申し訳程度のデリカシーは残っているらしい。気にするなと言われても、視界に入るものはしょうがない。もしかしなくても、一緒に入る気のようだ。 「1人で入れよ」 「いいじゃない、たまに」 「狭ェだろ」 「気にしない気にしない」 軽い調子で浴槽のヘリを掴む。 「ねぇ、ちょっとだけ寄って」 「やなこった」 「入れないよ」 「だから狭ェって言ったろ」 「いや、そこスペースあるじゃん」 「ねェよ」 「意地悪いなぁ、もう」 そんな悪い子は。彼女が、さっとシャワーをとって蛇口をひねる。 「てりゃ」 「なっ、」 シャワーの細かい水流が彼を襲う。咄嗟に顔を背けると、その隙をついてなまえが浴槽に入ってきた。彼のジト目と視線が合うと、「あは☆」と語尾に星をつけて笑顔を返した。そして彼女は、彼がその表情に弱いことを知っている。 「…お前なぁ、」 「うふふー」 一度入ってしまったらこっちのもの、彼は追い出すなんて真似はしない。何だかシャクなので、悠々とシャワーを止める彼女のタオルを引っ張ってやった。簡単に巻いただけのタオルがずれて、露出している肌の面積が増える。それでも彼女は「んん?」と振り返るだけだった。 「なぁに?」 改めて聞かれると、別に意味なんてない。返事に一瞬困ると、彼女は楽しそうに笑い声を上げた。 「かわいいなぁ、もう」 くるりと向き合って、彼の髪を避けた。束ねていないのでかなり長く見える。私よりよっぽど長いよねぇと自分の髪をつまみながら、なまえは彼の肩に顎を乗せた。 「はぁ、収まりいい。寝そう」 「最近寝てばっかりだな」 「寝たい時に寝られる幸せたるや」 「へいへい」 適当に返しつつ、とりあえず彼女がずり落ちないように支えておく。と、今まで彼の髪をいじっていた手が首に周り、ぎゅぅっと抱きついてきた。 「のぼせたか?」 「いや、『ちょ、おま、胸当たってるって!』な状況を作り出そうと思ったんだけど」 「…なんだそりゃ」 「そういえば、迅さんそれくらいじゃ引っかからないんだよねぇ」 「残念だったなァ」 「まったくです」 つまらなそうに、片手で水面を叩いた。ぱしゃん、という音と感触が気に入ったのか、お湯で遊び始めた。騒がしいので、彼女の腕ごと抱きしめるとちょっと驚いたように小さく声を上げた。 「あれま」 立場が逆転したようでびっくりしたらしい。そのまま大人しくなったので、満足そうに抱き直した。と、思いきや。 「…も、だめ、」 ばしゃん、と水面が波打った。突然彼の腕をすり抜けて、なまえは浴槽から脱出した。へりに腰掛けて息をついた。 「のぼせそう」 くらくらする、と言いながら立ち上がり、扉に向かった。 「先にぐったりしてるねー」 よく分からない言い回しをして、浴室を出て行った。 「……」 人がせっかく珍しいデレ心を出したのに、あっさりかわされてしまって煮え切らない。いやいや、デレ心ってなんだよ毒されてんなオイ。自分で自分にツッコミを入れた。彼女の足取りが心配だったので、己も上がることにした。彼女の好物である『シャリシャリ君』というアイスキャンディ辺りを食べさせれば、回復するんだろう。アタリが出ればもっと効果的なんだが。 27歳にもなってアイスのアタリに喜ぶ恋人には、ノータッチであった。 ――――――――――― 最近、柊ちゃん(夢主)と夕神さんが頭の中で勝手に会話してくれます。アダルティ度0%のお風呂シーンを目指しました。 20140105 |