Log2 | ナノ

※猫三成と若干ひねくれ者な夢主



雨は嫌いだ。濡れてしまうのは元より、窓やら屋根やらに当たる音がうるさい。夜中に降られでもしたら、音が気になって寝られやしないのだ。
晴れも嫌いだ。眩しすぎるのはもとより、日焼け止めを塗らないと皮膚が赤くなってヒリヒリする。そんな時にお風呂に入りでもしたら、痛くてくつろげやしないのだ。
雪も嫌いだ。寒いのはもとより、少しでも暖かいところに行くと水になって濡れてしまう。靴に雪をつけたまま店に入りでもしたら、滑るのを警戒してゆっくり買い物もできやしないのだ。


切り取られた空は、雨模様だった。彼女の嫌いな天気のひとつ。好ましくない光景をバックに、『彼』はじっと彼女を見上げていた。


「…何の用です、毛玉さん」
『黙れ、女。私の名は三成だと、何度言えば』


これまで幾度となくそんなやり取りをしているが、彼女は改める様子もない。当然だ、彼の言葉は彼女には通じないのだから。彼――彼女は『毛玉』と呼ぶが――は、猫である。艶やかな銀色の毛並みと緑の目が美しい猫だ。ご丁寧に薄紫色の首輪までしている。明らかに良いとこの飼い猫だろう。彼女は生憎、そんなオカネモチの知り合いはいない。


「今日で5日くらい連続で来てますね」
『6日だ、誤るな』
「ご飯ならご主人様にねだったらいいんじゃないですか」
『そんな無様な真似はしない。それより、いい加減私の目的を理解しろ』


彼が何日も続けて彼女の家に訪れる理由。それは、今から6日前のこと。その日は今日と同じく雨だった。仕事帰りの彼女は、合羽に傘に長靴という重装備で(いずれも洒落たデザインのものではあったが)帰路についていた。意地でも濡れたくないという姿勢がひしひしと感じられる装いであったが、それは置いておいて。途中、もうすぐ家につくというところで、彼女は一匹の猫と遭遇した。毛玉…もとい、三成である。彼は何故か、雨に降られたまま微動だにしない。どこかの飼い猫が脱走したのだろうと素通りしかけた。…しかし、この時彼女のひねくれ気味の心が気まぐれを起こし、過ぎかけた足を戻して呼びの折りたたみ傘を広げて彼の上に傾け、そのまま置いて帰ったのである。少し骨が曲がっていたのでそろそろ買い替え時かと思っていたということもあるのだが、彼は一応親切にしてくれた彼女に恩義があるとして、傘から匂いを辿って見つけた彼女の家に、こうして毎日通っているのだった。


『私には貴様へ恩を返す義務がある。望みはなんだ、早く言え』
「だから、うちには毛玉さんのおやつはないですよって」
『そんなもの要らん!しつこいぞ!』
「なに怒ってるんです?訳が分からないよ」
『それはこっちの台詞だ!』


あまりにも話が通じないので、元々短気な彼は唸りながら尻尾でべしべし床を叩いた。そして、痺れを切らして『明日までに望みを考えておけ!』と彼がぷんすか帰るのが、ここ数日の恒例となっていた。この時も、そろそろ彼の苛々も限界に達すると思われた。しかし。


『電話だぁ!は、早く出てくれぇ!』
『…!?』


唐突に切羽詰った男性の声が聞こえて、猫は反射的に身構えた。しかし彼女は顔色を変えず、


「…ん、電話か。ちょっと失礼しますよ」


そう断って、玄関先から部屋の中へ戻る。リビングの扉から振り返って一言、


「というか、もう帰ったらどうですか?」
『黙れ。今日は望みを聞くまで帰らないと決めたんだ』


不機嫌そうな「にゃあう」という返事に少し首を傾げ、彼女はリビングに戻った。テーブルの上に置きっぱなしの携帯電話は、例の男性の声で電話に出ることを要求し続けていた。ため息をつきつつ手に取ると、画面には『大谷吉継』という名前が映し出されていた。売れっ子の小説家であり、彼女とは元々仕事で知り合ったのだが、今では私生活でも友人として付き合いがある。


『なまえか?』
「先生。原稿」


開口一番に事務的な口調でいう彼女に、吉継はのどで笑った。


『先週言ったばかりであろ?まだその時とはいえぬ』
「妙にカッコつけてますけど、要するに出来てないだけでしょう」
『ひひ、我が担当殿は厳しい、キビシイ』


いつものやり取りをしてから、電話をかけてきた理由を問う。


「で?原稿もできてないのに何の用ですか」
『なまえよ。今、ぬしの家に猫が来ておらなんだか?』


何故、知っているんだろう。おかしな気分で玄関へ続く扉を見やると、すりガラスにぼんやり小さな影が写っていた。…どうやら、帰らないつもりらしい。


「…銀色の毛で目は緑、紫の首輪をしてる毛玉さんですか」
『そう、そやつよ』
「先生の猫だったんですか。だったら連れて行きますから、ついでに原稿受け取りますね」
『さらりと仕事を混ぜるな。原稿は、まぁそのうちな』
「〆切前までに『そのうち』が来ればいいんですがね」
『それよりも、その猫。愛らしかろ?』
「聞けよ」


物の見事に話を流されて、彼女は再びため息をついた。割と自由人である彼の言動には慣れたものではある。


『名は三成といってな。躾のなった、賢き猫よ』
「…まぁ、今もお行儀よく待ってるみたいですけど」
『壁に爪を立てたり椅子や机の足を噛むことは一切ない。ひとりで留守番もお手の物よ』
「はぁ」
『性格は少々…気難しいやもしれぬが、猫らしくて逆に好ましかろ』
「…何で毛玉さんのアピールしてるんですか」
『なまえよ、ぬしのマンションはペット可であったな?』
「そう、ですけど…まさか」


これから言われることを予想して口を開きかけるが、見越したのか吉継が先に言葉を続けた。


『三成を、任せられてみぬか?』
「なんで私が。先生が引き続き飼えばいいでしょう?」
『先日、いつもの薬を貰い受けに病院へ赴いたのだがな、なんと我、アレルギー持ちだったのよ』
「初耳ですが」
『我とて同じよ。兎に角、我では満足に世話をしてやれぬ。ゆえに、口惜しいがぬしに任せようと思うた次第』


急に言われても、うちには猫用の設備もなにもない。そう訴えると、吉継の家にある三成用の一式を譲る、と返された。仕事で家を空けてひとりぼっちにさせるのは可哀想とか、いない間に家具やらなんやらを傷つけられてはたまらない、といった逃げ道は、既に吉継によって塞がれている。今も玄関で苛々と待っているであろう猫は、よく躾されていて留守番もこなせる、賢い毛玉なのだ。そもそも、後から発覚したアレルギーによって愛猫と離れざるを得ないという状況だけで、良心という名の壁に退路は塞がれていた。


「…いいですか、先生。とりあえず、一時的に預かるだけですからね。その間に里親見つけて下さいよ」
『ひひっ、我が担当殿の懐は底なし沼の如き深さよ』
「嫌な例えですね」


必要なものは後日持っていくということで、彼女はそのまま電話を切ろうとした。…すると、


『待て』
「まだなにか?」
『今の話は、くれぐれも三成には内密にな』
「…なぜに?」
『アレルギーのせいとはいえ、捨てられたと思うやもしれぬであろ。三成は繊細ゆえな』


猫にそこまで人語を理解できるとは思えないのだが、一応頷いておいた。通話を切り、玄関に戻ると、猫――三成というらしい彼は、さっきと変わらぬ姿勢で座っていた。しかし、明らかに尻尾のべしべしが速度と威力を増している…気がする。


「毛玉さん。…唐突ですけど、うちで少しの間暮らしてみます?」
『は?なにを言っている、私は形部の家に厄介になっている身だ』


言い返してから、はっと口をつぐむ。


「…?毛玉さん?」
『…それが、貴様の望みか』


なぁう、と一声。何だか難しい顔で、しばらく頭を傾けたり何やら独り言のように唸ったりした後、三成は顔を上げた。


『…わかった。それが望みというなら、それで先日の恩が返せるというのなら』
「…なんか、妙に決意に満ちた顔ですね…猫なのに。フシギ」
『ただ、事の次第を形部と“あの方”に説明せねばならん。明日、荷物を持ってまた来る』


にゃあにゃあと鳴き、途絶えたと思うと猫はさっと身を翻し、玄関を出た。


「え、ちょ、毛玉さん?」


つられて既に雨の上がった外に出ると、軽やかに塀へ飛び乗り、そのまま駆けていく様子が見えた。銀毛の美しい猫は、あっという間にいなくなった。


「…なんだったんだろ」


急に言われて嫌だったのかな、いや、そもそも猫に言葉が通じるはずもない。玄関扉を閉めてリビングに戻る。卓上カレンダーには、なんとなく毎日付けていた猫来訪の印が5つ並んでいた。


「…明日でちょうど1週間か」


6つめの印を緑色のペンで記入しながら、明日の日付をつつく。


「来るのかな」


翌日は休みで、彼女は基本的に休日は遅く起きる方だ。しかし、明日は少し早めに起きようと思った。
あの行儀の良い猫は、いつも決まって朝早い同じ時間にやってくるのだ。



* * * * *



「……」


通話を終わり、携帯電話を机の上に置く。すると、それを待っていたように何かが膝に乗る気配がした。


「…本当に、良いのだな?」


確認するように問いかけられて、少し沈黙した後。『それ』は、


「なぁう」


とだけ答えた。





――――――――――
猫三成と夢主でした。猫と人間ゆえ、言ってることがスレ違いまくってましたね。夢主ひねくれ者…っていうか、最後の方普通にいい人になってしまいました。あと、終わり方が意味深ですね、ベタな感じに。大谷さんにも何かしら考えがあって三成を夢主に任せたっていう雰囲気が書きたかったので、とりあえずこんな感じで。では、読んで下さってありがとうございました。

20140331









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