Log2 | ナノ

緩やかに曲線を描く黒髪に、目尻の上がった漆黒の瞳。透き通るような白い肌の中で、唇に塗られた紅色が、さながら雪に血を垂らしたようで。すれ違った時に鼻先をかすめた香りの元は分からなかったが、少しくらりとした。つられて振り返ると、彼女は知人と思しき女性と談笑していた。口元に指を添えて、品良く笑っている。まさに白魚のような手だった。どの角度から見ても、美しかった。これまで美しい女性は相当数目にしてきたが、ここまで綺麗な人は初めてだった。


「……、…」


息をするのも忘れて、という表現があるが、この時の彼はまさに呼吸を忘れて彼女の横顔に見入っていた。彼の苦手な、周囲の喧騒などまるで耳に入らず、ただ自分の心臓の音だけが鼓膜を叩く。どうしたんだろう。全く目が離せない。自分でもわけが分からない。―――すると。


「……!…」
「…?」


彼女と話していた知人らしき女性が、こちらに気付いた。はっとした顔をして頬を赤らめる。その様子は彼には見えていなかったが、知人につられて振り返った彼女が、こちらを向いたのには気付いた。黒い瞳とかち合って、鼓動がいっそう高くなった。
「……」


彼と目が合うと、彼女はにこりと微笑んだ。あまりにも美しい表情だった。まるで天使のような―――







「悪魔っ子ですよねェ」


ラズベリーのマカロンを口に放り込み、ブレイクは呟いた。傍らで友人のレイムが眉根を寄せる。


「口が過ぎるぞ、ザクス」
「だってホントのことじゃないですか」
「だからって、安易に口に出して良いことでは……あ」
「今、君認めましたよね」


彼女が悪魔っ子だって。楽しげに言う友人から逃げるように目を逸らし、レイムはその方向を見る。視線の先では、黒髪の若い男女が何やら話している。遠いので会話は聞こえないが、どちらもかなり目を引く美貌だった。友人の視線を追って、ブレイクは2個目のマカロンに手を伸ばした。


「よりにもよって、彼女に惚れるなんてねぇ。まぁ、確かに社交界有数の美人さんですけど」


中身があれじゃぁ、ねぇ?友人の言葉にさすがのレイムも反論の言葉が思い浮かばなかった。


「“あの”なまえ様にかかれば、彼なんて愛玩動物にすらなりませんよ」


かなりひどいことを言われている本人は、というと。






「…まだ何かご用ですの?」


いい加減にして下さるかしら。優しい微笑みとは裏腹に、鋭角の言葉だった。言われた本人であるところの彼、ギルバートは、ちょっと怯みながらも彼女の前から退散することはない。


「い、いや…用ってほどでは、ないんだが…」
「じゃあ何ですか。私、貴方ほど暇人ではないのですけれど」


ザクザクと突き刺さる。まったく遠慮がない。それでも彼はめげなかった。


「…その、…ええと…あれだ、あの…」
「5文字で言いなさい、この海産物が」
「……う」


ぐっさり。今度はけっこう深手かもしれない。しかし、彼女に5文字でと言われたので、自分の言いたいことを必死でまとめる。その様子を、彼女が相変わらず美しい微笑を浮かべて眺めていた。やがて、ギルバートはおずおずと口を開く。


「…ろ、6文字じゃダメか?」
「長すぎる。却下」
「……うぅ」


冷たく突き放され、再び言葉に詰まる。すると彼女は長くため息を吐いた。


「まったく、貴方はつまらない人ですね。所詮は藻の一種、さっさと海の藻屑にでもなったらいかが?」


相変わらず表情と声と、言っている内容のギャップが激しすぎる。彼女の言葉ひとつひとつが、遠慮なく刺さる。ちょっと目頭が熱くなってきた。彼が二の句を告げないでいると、彼女がちょっと首を傾げる。


「これ以上貴方に割く時間はありませんので、失礼しますわ。ごきげんよう、ワカメさん」
「あ、ちょっ…待ってくれ、」


踵を返して歩き始めた彼女を、咄嗟に呼び止める。彼女は数歩歩いた先で肩ごしに振り返った。


「用件を3文字でまとめられるようになったら、時間を割いてあげないこともありませんわ」


ただし、3分だけね。そう言って、彼の返事を待たずに去って行った。最後に、例の微笑みを残して。


「っ、なまえ…!」


彼が名前を口にしたのは、艶やかな黒髪の先が角に消えた後だった。


「……、…」


今日も、うまく伝えられなかった。でもこの前より数秒長く待ってくれたので、これでも一歩前進か。以前、夜会で一目惚れしてから何度か話しかけてはいるが、彼女はあの通り。見かけの愛らしさからは想像できないような、純度の高い毒舌。彼も直接話して衝撃を受けたが、それでも彼女への想いは揺るがなかった。別に、鋭利な言葉でザクザクやられるのが好きとか気持ちいいとか、そういうわけでは決してない。断じて、ないのだ。


「………」


とりあえず、次に会う時までに3文字でまとめられるようにしておかないと、と思った。『次』がいつ来るのかは、分からないけれど。


「……なまえ…」


去り際に見せたあの笑顔を思い浮かべると、何度か顔を合わせた今でも頬が熱くなる。どんな鋭い言葉で刺されても、結局はあの天使のような微笑みで打ち消されてしまうのだろう。

いつか、名前を直接呼べるようになる日が来たらいいなと思うギルバートだった。




――――――――――――
最近本編のギルが凛々しすぎるので、むしゃくしゃしてやりました。ギルかっこよすぎ。マジ主人公。たまにはカムバックヘタレ。自分でも何言ってるか分かんなくなってきたので、失礼します。読んで下さってありがとうございました。


20131206



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