※年上夢主と浮気相手な若夕神さん 綺麗な人。初めて会った時の印象は、その一言に尽きた。声、姿、仕草。どこを取っても綺麗だった。いわゆる一目惚れというやつである。そんな漫画のような展開に興味があったわけじゃない。でも、それからはもっとフィクションじみた風に事が運んだ。 「…ごめんね、」 連絡なしに彼の家の扉を開けた時。 「ごめん、」 彼の胸に頬をつけた時。 「ごめん、なさい」 玄関扉の向こう、夜明け前の空気に消える時。 彼女は決まって、謝罪の言葉を口にする。その度に彼女の髪を撫でながら、どうして謝るのか分からないふりをしながら。褒められないことをしているんだな、という意識が募る。それでも、戸口に現れた彼女を外に放置することなんて出来なかった。彼女がどこから来たのか、その場所に誰が待っているかなど知らない。知らないよ?そんな顔をしていれば、彼女は安心する。…どっちもどっちだ。 「すき」 誰のことが? 「すきだよ、」 彼、それとも?訊くのは簡単だが、訊いたら終わりだと分かっていた。彼女の首、肩、胸など、目立たない部分に様々な形状の痕を発見する度、彼は口を堅く結ぶ。最初のうちは、いったいどうしたのか話してもらおうとしていた。しかし、 「なんでもないから、大丈夫だから、」 答えはそれ以上返ってこなかった。だから、彼は彼女に質問するのをやめた。彼女と、彼女が来た場所にいる『誰か』の周囲の人物たちを、訪ねて回った。彼の職業柄、仕事という言い訳を立てるのは容易だった。そうしてついに、結果が出た。 「…なまえさん」 名前を呼ぶと、彼女は首を傾げてこちらを見上げた。目に薄ら水分が溜まっている。 「…ごめんなさい」 あえて彼女の口癖を真似る。すると、綺麗な人は何も言わずに首を振った。…薄々、気付いていたのかもしれない。 「……」 背後で眠る彼女を、ちょっと振り返った。穏やかな寝息を立てている。もう少しだけ寝かせてあげたかった。彼は体の向きを戻して、ピアノに向かった。子どもの頃、姉が弾いていたものだ。今となっては職場に泊まり込むことがほとんどの姉に放置された挙句、「邪魔だから」と彼の部屋に追いやられてきた、哀れな楽器。その椅子に座って、鍵盤の蓋を開けた。弾けるわけではない。が、鍵盤を押すことくらいなら可能だ。 「……」 適当な場所の白い鍵盤に指を乗せた。ぽん、と名前の分からない音がなる。それでも彼女は起きなかった。それからも何となく鍵盤を押しながら、彼女に初めてされた質問を思い出していた。 「ねぇ、きみが一番やりたいことって、なに?」 どんな答えを期待していたのかは分からないが、彼女は楽しげに尋ねてきた。彼は少し考えてから、 「青空が見たいです」 と答えた。彼女は何だか拍子抜けしたような顔をして、「いつも見てるじゃない」と言った。それに対して、そうですね、と微笑んだことを覚えている。 「…ごめんなさい、なまえさん」 聞こえてはいないけれど。この後、彼女は目を覚ましたらすぐに帰っていくだろう。例の謝罪の言葉を口にしながら。そして彼は、それをいつもどおりの優しい微笑みで見送るだろう。しかし、これで最後になるかもしれない。日が昇って職場へ行く時間になったら、彼は自分の職場ではなく警察局に足を向けるつもりだ。これまでに集めた証拠のデータを持って。彼の行いが正しければ、彼女はひとりになる。―――そうしたら。 「…青空、か」 見られるだろうか。無理かもしれない。これから己は、彼女の望んでいないことをするのだから。 夜は明けない。 ―――――――――― 最近、7年前の夕神さんに凝ってます。勝手に初心っぽいという想像をしたら、年上お姉様とあれこれの夢が広がります。今回は浮気相手な夕神さんでした。 ここで野暮な解説ですが、夢主は既婚者です。元々はカグヤ様の知人で、彼女を通じて夕神さんと知り合います。その頃、夢主は旦那さんから色々と暴力を受けてました。それで精神的に疲弊してたところに優しくしてくれる男性(しかも彼は夢主に一目惚れしてますし)が現れて、さぁ大変。浮気に走っちゃいます。そしたら、夢主の体に色々の痕跡が残ってたも んだから驚いた夕神さん、大体何が起きてるのか察して彼女を問いただしますが、旦那さんが怖い夢主は黙秘権を行使します。仕方ないので、それきり知らないふりをして彼女と会いつつ、独自に調査をしちゃいます。で、証拠掴むんですが、これで旦那さんが逮捕されたら彼女どう思うかなぁそもそも浮気しちゃってるんだよなぁという罪悪感に苛まれます。ちなみに、夕神さんは旦那さんの存在を知らない体で彼女と接してきました。あと、「青空が見たい」っていうのは、文頭に「貴女と」が入ります。青い空は昼間しか見れないよね、って話です、お察し下さい(←え?) イメージ曲は『Nobody Knows』、誰の曲かはGoogle先生に聞くと教えてもらえます。では、読んでくださってありがとうございました! 20140105 |