怪しい者ですよ。

でも大した者じゃありません。

都会の塵芥に等しい取るに足らぬ矮小なただのしがない放浪者です。

…ああ、何故ゴミステーションになんか閉じ込められてたかって?

えっとですね、夕べ嵐だったでしょう?

近くで雨風を凌げるところってここくらいしかなくって。

何故かコタツが布団ごと捨てられてたので中に潜ってたら寝ちゃって、いつの間にか出られなくなっていました。

昨今のゴミ捨て場はすごいですよねぇ、鉄格子に鍵までついてるんですね。

あれじゃまるで囚人か籠の鳥にでもなった気分ですよ。


まぁとにかく、私だって好き好んでこんな香しいところにいたわけじゃないんです。

ところでお兄さん、かっこいいですねぇ。

おいくつですか?……27歳?いーい感じじゃないですか。

ちなみにお名前は?

ミツルギ、レイジさん。

じゃあ、みっちーさん。

これも何かの縁ですし、一晩泊めてくれません?

そうですよねぇ、さすがに初対面の、しかもゴミ捨て場にうずくまってた女なんて家に上げたく………え? 
 


「だから、良いと言っている」
「ワーイ、びっくりするほどご都合主義!」



小柄で華奢な体格をした女性はおどけてバンザイをした。

その間にもじりじりとしつこい小雨が、彼女のフード付きコートをより濃い色合いに変えていく。

薄手のコートからのぞく足は眩しいほど白く、タイツやストッキングといった布の加護を一切受けていない。

職場の女性たちを見ても思うのだが、どうにも女性特有の衣服というものは体を冷やしやすい構造をしている。

風邪でも引いたらどうするのだろうか。

自分が将来、もしも職員の服に意見できる立場になったら、秋から冬にかけて女性には腰から下の防寒対策をしっかりしてもらわなければ……と御剣は思った。

今の時代そんなことを言ったらセクハラだなんだと訴えられかねないが、彼の言うことなら多分「御剣検事ったらまじ紳士!イケメン!」と黄色い声が上がるだろう。

理不尽の女神様は美形で才能あふれる男に寛容なのである。



「君、初対面で申し訳ないが言わせてもらう。この時期の日没後の冷え込みを真っ向から嗤うその格好、どういうつもりかね」



御剣は眉間にいっそうヒビを刻みながら傘を傾けた。

雨の地味な攻撃を大きなワインレッドの影が防ぐ。

女性はフードの下から彼を見上げ、ひょいと首を傾げた。



「ちょっと色々あってなくしちゃったんです」
「防寒具をか?」
「中身を万遍なく、です」



そう言ってフードを直した。

一瞬覗いた鎖骨に意味を察し、更にヒビが深くなった。



「窃盗にあったのか?それならそうと先に言ってくれ。今すぐ通報を……」
「あ、いえ、いいんです。本当になくしただけですから」



川で洗濯してたら流されちゃって、と軽い調子で言っている。



「…随分古典的な洗濯方法だな」
「古き良き、と言って下さい」



などと嘯く彼女は、マンションの入り口に向かい始めた傘の動きに一応ついてきた。

ご都合主義だとかなんとか言っていたものの、このまま闇夜に消えていく気はないようだ。



「あっさり了承されちゃって、なんかちょっと残念です。お願いの言葉もあったといえばあったのに」
「…ちなみに?」
「『一晩だけ私のことペットにしていいから』…とか」
「………」
「あははー。露骨に引くのやめて下さい死んでしまいます、主に私のメンタルが」



とか言って今さら繊細さをアピールしてくるが、ゴミ捨て場のこたつで寝る人間が何をほざくと御剣は心の中で呟いた。

フロントにいたコンシェルジュは、イレギュラー極まりない彼女を見ても「お帰りなさいませ」の調子を全く崩さなかった。プロだ。

エレベーターの前でボタンを押すのを一瞬躊躇い、その隙に彼女に押されてしまった。

横を見下ろすと何だか妙に満足そうな顔をしている。

ふと、先日検事局へ見学に来ていた小学生が似たような行動・表情をしていたことを思い出した。

鉄の扉の向こうに重い機械音を聞き、やんちゃな子供たちは御剣の思考から走り去って行った。



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