「夕神。今日の裁判なんだが」
「あァ」
「彼女も検事席に立ってもらうことになった」
「あ?」


拝啓、師匠。どうやら上司までマトモじゃなかったようです。





「だから、何で一般人が――」
「その認識は正しくないぞ。志奈子さんは検事局のデータファイルをハッキングした凄腕だ。最早一般人とは言えない」
「じゃあ犯罪者だろ」


優れた法曹家を養成する名門校、私立テミス法律学園。そこで裁判官クラスの教師が殺害される事件が起きた。容疑者としてその教え子、3年生の森澄しのぶが逮捕された。その事件の担当検事として俺は今から法廷に立つ。控え室で証拠品の見直しを行っていたところに現れた検事局長殿は、しばらく見たくなかった顔を連れてきていた。


「ご機嫌いかが、夕神さま」


黒いセーラー服に満面の笑顔。高校生らしく爽やかで大変よろしいが、生憎俺の機嫌はよろしくない。


「またお前さんか」


あの盗聴器の一件から、この娘は何度となく面会に来ていた。大半は他愛もない話題だが、随所に聞き捨てならない文言を織り込んでくる。言葉遣いや振る舞いは優雅で良家の子女然としているから錯覚に陥るが、よくよく聞けば変なことばかり言っている。やっぱりおかしな娘だった。

思えば、森澄しのぶの制服を見た時から嫌な予感がしてたんだ。よせばいいのに、ぽろっと聞いちまったから尚悪い。


「なァ。お前さんの学校に岡志奈子って奴いねェか?」
「ええ、志奈子さんはクラスメートですけれど…」


「お知り合いなんですか?」という森澄の言葉を全力で否定した。赤の他人だよ。

その他人を何故連れてきた、御剣の旦那。


「君自ら現場の捜査に赴くのは難しいだろう。番刑事もいることはいるが…彼は何というか…まぁ、念には念をということでな」
「だからって女子高生に白羽の矢立てる基準が分かんねェよ」
「事件現場は彼女が通う学校だ。内部構造や人間関係にも詳しい。もってこいの人材だと思うが?」


御剣怜侍。若くして局長に就任した天才で、何より亡霊を再び追う機会をくれた人物。感謝も尊敬もしている。だが、これはどうなのか。旦那じゃないが、そのようなアレは困る、だ。反論しようにも呆れと疲労感(これから裁判しなきゃなんねェのに)で口が動かない。すると、無言を肯定と取ったのかお嬢ちゃんが近寄ってきた。


「もうっ、迅さまったら素直じゃありませんのね。かわいい」
「うっせェな。そしてドサクサに紛れて下の名前で呼ぶんじゃねェ」
「おお…素晴らしきツンデレ!」


デレた覚えはない。さっきから係官が時計と俺たちを見比べて何か言いたげな顔をしているので、さっさと法廷に向かうことにした。


「では頼んだぞ、夕神」


局長殿がそんなことを言った気がしたが、すぐに耳から追い出した。






「夕神さま。気に入らないですか?…わたくしが、ご一緒するの」


廊下を歩きながらお嬢ちゃんがそう訊いてきた。答えはイエスだ。わざわざ口に出すことはしないが。


「今回のこと…実は、わたくしから怜侍おじさまにお願いしたんです」
「…どういうことだ?」
「…ごめんなさい。やっぱりご不満…ですよね」


珍しくしおらしい。なんだ、明日は槍か雹か?からかってやろうかと見下ろした顔が下を向いていて、言葉が詰まった。…なんだよ、これじゃ俺が悪いみてェじゃねーか。

「…別に、お前さんのことが不満なわけじゃねェ」
「それでは、」
「いくら頭おかしいっつっても未成年だろ。ましてや被害者は担任、被告はクラスメート…見てて気持ちの良いもんではねェよな」
「さらっとひどいこと言われた気が致しますが……そうですね。確かに、道葉先生があんなことになって、その上しのぶさままで…正直、法廷でちゃんと立っていられるかどうかも分かりません」
「………」
「しかし、ここで尻込みしていては駄目なのです。現実から目をそらしてはならないのです。それでは道葉先生が浮かばれません。進路未定ではありますが、わたくしも裁判官クラスの一員ですもの」


そう言って上向けた顔は、やはり笑顔。しかしどこかしら種類の違うものに見えた。


「…そうかい」


これ以上、この件についてとやかく言うのは野暮な気がした。だがまだ完全に納得したわけではないので、彼女の髪をぐしゃぐしゃに乱してやる。これでひとまず納得したことにしてやるよ、旦那。


「足引っ張んじゃねェぞ」


高校生には酷な話だと思うがこれくらい言っておかねば。何故かついてこない姿を振り返れば、立ち止まってこちらを凝視していた。表情は抜け落ちているが、顔やら耳やら首やら、出ている肌が軒並み真っ赤だった。


「―――、……」


何事か呟いた…ように見える。けれど詳しくは聞こえなかった。



これ何フラグ?
(あたま…!なでなで…!)
(…っふ、タコみてェ)
(!!しかも笑った…!)パシャッ
(あの…法廷内は写真撮影禁止ですぞ?)
(お静かに、おじいさま!)
(アッハイ)



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