「岡志奈子と申します。その節は、ありがとうございました」 そう言ってぺこりと頭を下げてくる、セーラー服のお嬢さん。いや、別にセーラーだからどうってわけじゃない。単に見覚えのある制服だっただけだ。この前の事件で水族館に趣いた時に見かけた女学生は、自分の代わりに水を被った俺に礼を言いに来たらしい。わざわざ刑務所まで。たまたま近くにいただけの話だし、礼を言われるほどのことでもない。そう言っても、それでは彼女自身の気持ちが済まないらしい。なかなか律儀なお嬢ちゃんだ――と思った。その時点では。 ちょうど、看守が何やら長方形の包みを持ってきた。薄縹の風呂敷。いい趣味だ。 「お口に合うと良いのですが…」 口ぶりからして食べ物らしい。俺は一応囚人のはずだが、こんなものをもらっていいのだろうかという考えは、次の瞬間には吹き飛んだ。 「…お嬢ちゃんよォ」 「あの、トノサマンお嫌いでしたか?」 彼女はしゅんと眉尻を下げた。確かに風呂敷の中から出てきたのは「とのさまんじゅう」。俺より局長にやった方が適切だと思う。しかし饅頭自体は嫌いではなく、問題はそこじゃない。 「何だこのブツは」 「盗聴器です!」 言ってのけた。それはそれはイイ笑顔で。饅頭のパッケージに描かれた、デフォルメされたトノサマンの両目にひとつずつ、ソイツはくっついていた。どう贔屓目に見ても盗撮か盗聴…どちらにしろ犯罪臭のする精密機器だった。 「頑張って作りました。自信作ですのよ」 「…どうして二つも付けた」 どこから追求しようか迷って、結局そこにした。目の前のお嬢ちゃんはにこにこと笑っている。受刑者とはいえ検事相手にこんなブツ寄越してその態度か。まったく嫌な方向に肝が据わってやがる。 「ひとつは普段使い用、もうひとつはお出かけ用です」 対面して十数分。俺の中でこの女子高生のイメージが固まりつつあった。――おかしな娘だ。 「囚人にお出かけもへったくれもねェよ」 「時折法廷に立ってらっしゃいますでしょう?こっちのは、その時にお使い頂ければと思いまして」 変なお嬢ちゃんは、俺から見て右側の盗聴器を指した。どっちも形が一緒で、見分けがつかない。というかただの女子高生が内部情報知ってるっておかしいだろ。 「どこで知ったんだ」 「わたくし、コンピュータには少しばかり自信がございますの」 検事局のデータハッキングしやがったな、この娘。盗聴器を自作するくらいの(非常に残念ながら嘘をついている目ではなかった)技術があるなら、ありえないとも言い切れない。本当であればすぐ局長に連絡しなければならないだろうが、生憎俺は死刑囚だ。局長本人ならいざ知らず、ただでさえ受刑者が検事席に立っていることでピリピリしている看守たちが耳を貸すとも思えない。 なんにせよこのおかしな娘が要注意人物であることは確かなので、オッサン辺りに軽く調べるよう言っておこう。 「で、何が目的だ?」 「貴方のことが知りたいのです」 「…は?」 なにを言ってんだ。 「小型カメラでも良かったのですが、音声だけの方が色々妄想が拡がり……いえ、想像できていいなと思い直しました」 「そう、ぞう?」 「ええ。イロイロと……続きはこちら」 「…なんだそりゃ」 ぺらりとお嬢ちゃんが紙を取り出した。書かれているのは電話番号のようだ。 「わたくしの電話番号です。どこにいてもつながるよういじくってありますので、いつでもお電話下さい」 このコは電波の壁を超えたのです、とスマホを撫でている。何だかツッコむのも疲れてきた。 「…あの、そろそろ時間です」 と、おずおずと看守が話しかけてきた。ドン引きしている。奇遇だな、俺もだ。 「あぁ、すみません。ついつい長居してしまいました」 愛想よく看守に微笑み、彼女は電話番号のメモを鞄にしまう。やけにデカい鞄だが、中身を推測するのはやめた。ともかくやっと帰ってくれるのかと少し安堵する。…それがいけなかったんだろう。 パシャリ、と響く軽いシャッター音。フラッシュの残像の向こうに相変わらずの笑顔が見えて、無性に防弾ガラスを叩き割りたくなった。 「記念の一枚です」 いい絵が撮れましたとはしゃぎながら、女学生は来た時と同じように頭を下げて出て行った。 「……」 「……」 「…ええと…夕神、検事…?」 「…あァ?」 「ひっ!…ど、独房に戻りましょうか…?」 「囚人に訊いてどうする、看守はてめェだろォが」 「すすすすみまっせええええん!」 半泣きの看守は完全に八つ当たりの標的になった。悪いと思っていないわけじゃないが、あえて言う柄でもないので黙っておいた。 「…ギンに会いてェなァ」 相棒の背でも撫でれば、この何ともいえない心持ちも静まるのだろう。そのくせ、例の11ケタの数字は覚えてしまっている己が嫌になった。提示された情報を短時間で記憶するのは、もはや職業病かもしれない。 薄縹色の風呂敷が綺麗なのが、せめてもの救いだ。 妄想拡がり放題 (拝啓、師匠) (何だかおかしなのに好かれちまったようです) |