「あ、神童じゃないか」

「苗字か。今日も剣道か?」

「あぁ。……神童は、部活?」

あぁ、とフワリと笑う彼につられて笑う。そうすると彼はいつも頬を染めていた。

「そうだ、この間お前の母さんが……」

「また愚痴か?放っておいてくれ」


うちの母さんは神童によく私のことについての愚痴を吐く。
神童はうちの母さんは好きみたいだし別に聞くのはいいんだが、だからといって私を母さんの代わりに怒ろうとするのはいただけない。

「たまには店の手伝いをしろよ?」

「はいはい、分かったよ」

行くよ、と私は彼から離れて少し離れた場所で胸を押さえる。

「今日も、格好よかったな……」

そう彼と話した後に呟くのがいつしか私の癖になっていた。


前までは話はしても軽いことで神童は今みたいに笑わなかった。(母さんの愚痴聞きはあったらしいが)
しかし、サッカー禁止令が出た頃以降私と会うと彼は笑うようになったのだ。


嬉しいが、それが謎で仕方がない。

うーん、何故だと手を顎に当てて考えているとトン、と人にぶつかる。

「すまない。少しボケていた」

そう謝罪するとぶつかった人……サッカー部の少年が目を見開いた。

「……お、お勝さん!?」


誰だ、それ。



◇◆◇




例えるなら、灰。

今の私は燃え尽きた燃えカスだ。利用価値を探すのに困る灰。
先程ぶつかった少年から聞いた衝撃の話。神童の笑顔が増えた理由。

「実は、サッカー禁止令が出る前に俺達時空を飛んできたんです」

最初は理解出来なかったし頭を打ったんじゃないかって思ったが。

「最初に俺達は織田信長に会いに行ったんです。その時に手伝ってくれたのがお勝っていう人で――」


お勝。豆腐屋をしていて黒髪で大人しい印象らしい。

そして私にそっくりらしい。

「けど、苗字さんは見た目はお勝さんなのに……『鳴かぬなら』?」

「『殺してしまえ ホトトギス』だろう?」

「性格は織田信長さんですよねぇ」


と言われたが。失礼な。

そして最後に少年は私をジッと不思議な瞳で見つめ、

「神童先輩は…お勝さんと特に仲が良くて絶対に意識していました」


それが、神童が私に笑いかける最大の理由。


知りたくなかった現実を突きつけられた気持ちだ。


「神さまー」


今神童に話かけたマネージャーの山菜だって彼には想われない。

だがお勝という少女に似ている私より可能性はあるのだ。


どうせ想われたって、

「あ、苗字じゃないか!」

そう笑いかけるのだって、

「部活に行ったんじゃなかったのか?もし、休むなら……
どうせならサッカー部を見に来ないか?」

そう優しく話したのだって、

「……苗字?」


お勝という少女に向けてなんだろう?


時代の差もあるから叶わなかった恋。しかし、お勝に似ていて尚且つ店は豆腐屋。

彼がそう想ったって仕方がないじゃないか。

「神さま、苗字さんの席、用意したらいいの?」

「あぁ。ありがとう、山菜」

めげない彼女に、羨ましいと心の中で思った。



◇◆◇



結局部活を休んでしまった。しかし、あの事を聞いてからでは振れる気がしない。

「苗字、どうだった?」

夕暮れの空をベンチで眺めていると隣に神童が座った。
先程のユニフォームは脱ぎ、今は制服。しかし日に当てられたのか頬が赤かった。

「……楽しそうだな。皆」

素直に感じた感想を述べるとありがとうと何故かお礼を言われた。

「別にお礼を言われるようなことを言っていないが……」

「……いや、言いたかったんだ」

よく分からない。怪訝そうな顔をしていると神童は笑い始め、余計分からなくなった。


「……苗字、言いたいことがあるんだ」

「……?何だ?」

チラ、と神童を見ると目は真剣になっており、思わず胸が鳴った。

駄目だ、神童は私に向けてじゃない。私に似た、あの子だ。



「俺、苗字のことが好きなんだ!だから……」


付き合ってくれ、と言われた。


もし、サッカー部の少年の言葉を聞いていなかったら素直に喜べたのだろう。

もし、この言葉が山菜に言われたのなら彼女は喜ぶのだろう。



もし、この言葉をあの子が聞いたのなら……


ポタ、と目から涙が零れた。


「苗字!?どうしたんだ?」

心配してくれる神童を他所に私はただ彼女のことを考えていた。


あの子みたいにはなれない。


素直に喜ぶことすら、素直に愛されることすら。


今、流している涙はあの子が時代を越えて結ばれたことに対する涙か、

私が彼女達が羨ましいと思った涙か。


それはどちらか分からない。

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