「やえざきあさき…?」

ベッド脇の壁に据え付けられたプレートを見てポツリと呟いた声に、「俺の名前」と返す。

「八重崎麻季。苗字は好きじゃないから名前で呼んだって」
「かっこいいのに」
「そーゆー問題じゃないの」

ふぅん、と聞き流してから甲斐田は少しだけ考え込んで言った。

「じゃあ…麻季先輩?」
「は、なんで先輩?」
「いや、中学も部活も同じだったわけだし…」

こいつは意外と几帳面なのかもしれない。几帳面というか、丁寧というか。
眼つきの悪さとのギャップがひどい。
けれど特に後輩と関わったこともなかったから、先輩と呼ばれるのは新鮮で気分がいい。

「うん、いいなそれ。先輩って呼んでよ」
「いいけど、なんで?」
「滅多に呼ばれなかったから嬉しいの」

そう言って笑ってやれば、甲斐田は怪訝そうな顔をしつつもわかったと言った。

「そうだ、お前はなんて呼ぼう。甲斐田?」
「まぁ呼ばれ慣れてますけど」
「いや、やっぱ俺が普段ない呼び方されてんだから、お前にもそうすべきだよな」
「理屈になんねぇよ」
「なるなる。えーっと時雨…時雨かあ」

北条家の人みたいと言うと「うるせえよ」と不満気に呟く。
やっぱり眼つきが悪い。

「うーん、よくわかんなくなった。シグレでいい?気分次第で呼び方変わるかも」
「まあいいですけど」
「じゃあ決定なー」

シグレ、と呼んでみる。なんですか、と言われたから呼んだだけと答えるとしかめっ面で怒られた。
ふと向かいに目を移すと、山下さんがこっちを見て笑っていた。
なんとなく嬉しくなり笑うと、時雨が今度は呆れたように怒る。
俺は早くもこいつのしかめっ面に嵌り始めていた。
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