僕の恋にはタイムリミットがある。
どういうことかわからないとか言うなよ。ほら、あれだ。タイムリミット。
つまりは僕の想い人、詩乃に告出来なくなるということだ。
詩乃は病気だ。病気なんて軽々しい言葉で表しても違和感ないほどに外側からは見えない病気。詩乃は運動は出来ないが、痛みもない、笑ったり、歌ったり、と、少なくとも今はまだ元気だ。病気だなんてわからない。
それでも彼女はれっきとした病気なのだ。四肢感失過負担症。世界でも数人だとかいう、ほとんど何もわかっていない病気だ。体の末端から心臓にかけての感覚がなくなっていくとかいうやつ。末端で使っていた神経のためのエネルギーが使われなくなり、使用している部分にその分が過度な負担となってかかり、負担が度をすぎるとショック死する。
説明されてもわからない。けれどやはりそれは嘘じゃなく、彼女は死ぬ。
僕は彼女が好きだ。
けれど先述したように彼女はじきに死ぬ。仮に好きだと告げて断られたら僕は彼女との残りの日々を楽しくは過ごせないだろう。
失敗は許されない。それが告白するのを妨げていた。


そんな風にうじうじと悩んで、ついに余命一日まできてしまった。
今日もまだ悩んでいる。後一日なら気まずくても、とは思うが、むしろ後一日だからこそ、最後は楽しくいたい、なんて。
「甘えてるよねぇ…」
「ん?」
すでに顔くらいしか感覚のない詩乃は不思議そうな目で僕を見た。
感覚がないと動かせたのかもよくわからなくて、物を掴んでも落としてしまったりと大変らしい。それになんか気持ち悪いんだよ、とは本人の証言。
「さっくんさー、毎日お見舞い来て居座ってるけどさ、暇じゃないの?」
「暇だよ。でも詩乃が嬉しがるかと思ってね」
「うわーないわー」
笑いながらテレビつけて、と言われる。
言われた通りにテレビをつけてやると、「こういう便利さはあって嬉しいかもね」なんてまた笑う。
「詩乃さんや」
「はい、さっくんや。なんでしょうね?」
「詩乃さんはなんで笑ってるんじゃろね」
「みんなを困らせたくないんじゃろーね」
「…ほう」
ありきたりっちゃあありきたりだな。でもそれを普通に行うのは難しいだろう。
だって詩乃は明日死ぬのだ。明日の午後5時くらいだ、と医者は言った。
詩乃も当然それは知っているのだ。
それなのに周りのため、なんてどんな聖人だよ。
「あれ、もしかしてさっくん真に受けてる?いや違うよ?私そんな完璧じゃないよ?」
「嘘かよ!」
「いやーあはは、だって私ふざけんの趣味だもん」
はた迷惑な。
「じゃあ本当は?」
「だぁから真面目な話やなんだって」
問い詰めても答えそうにない。
昔っからこうだ。こちらが辛いだろうと思ったこともあっさり笑ってやり過ごす。
ふと、このペースを崩してやりたいな、と思った。
それからはそんなことは忘れて普段通りに過ごした。


そして余命はこの日までだと言われた最後の日。
結局昨日も告白せずに帰ったが、帰ってから考えた。
本当に今日で最後なのだ。だったらもう気まずいとか気にしているより、やっぱりこの気持ちを伝えたかった。知って置いて欲しい。
こんなことなら最初から言ってしまえばよかったとも思うけれど、このくらいが僕らしくていいじゃないか、とも思う。
どちらにせよすぎたことは戻らない。
やる、と決めたらやる。
そう決意して詩乃の個室の扉を開けた。
詩乃の両親は祖父母を連れてくるとかでまだいなかった。
「詩乃」
「ん、さっくんだー。おはよ」
「…おはよう」
最後だなんて微塵も感じさせない。外は綺麗に晴れて小鳥の声が聞こえる。
詩乃は外を眺めていた。
…言うか。
「詩乃、ちょっと話がある」
「話?なになに?」
「ゴメン、嫌かもしれないけどこっち向いて」
詩乃がゆっくりとこっちを向くのを待ってから言う。
「僕は、詩乃が好きだ」
それだけの言葉に全てを詰め込むように。
詩乃は数十秒、微動だにしなかった。しばらくして、それだけ?と言った。
ふられたかな、と思った。
「うん、それだけ」
それだけだ。それで全部。
「そっか」
詩乃は小さく呟いた。
言うこと言ったし何か空気を取り繕おうとし「馬鹿!!!!」
「…っは?」
「馬鹿っつったの!!ねぇほんと馬鹿じゃないの?なんで?ねぇなんでそんな告白なんてするの?なんで?今更?私これから死ぬって言うのに?」
ふざけんな!と詩乃は叫んだ。
「ほんとふざけんなよ!なんなのそんなの卑怯だよずるい!なんで今日なの!?」
詩乃は泣いていた。歪められた目から涙が雨のようにぼろぼろと落ち、ベッドのシーツに染みを作っていた。
「さっくんなんて嫌いだ」
泣きながら彼女は言う。
そうだ、そういえば詩乃の泣くのを見たのは何年ぶりだろう。いつからか詩乃は泣かなくなっていた。怒ったのを見たのだってずいぶん前に見たきりだった気がする。
「私もね、」
叫び疲れたのか、おとなしくなって詩乃は言う。
「私もさっくんのこと、好きだったよ。好きだよ。告白しようとしたこともある。でもそのすぐ後病気だってわかって、私死ぬのにさっくん縛っていいのかな、って。死んじゃうのに楽しいこと作ったら死ぬのが辛くなるんじゃないか、って。死ぬ前にさっくんと気まずいのは嫌だ、って」
そうか。詩乃はちゃんと考えていた。自分が死ぬってことをわかって、だからこそいつも通りに過ごして、死ぬときがこれ以上辛くならないように。
「なんでさっくん告白したの。私今日死ぬんだよ?もう何もできないんだよ?それで好きって言われたからってはい私もです付き合おう、なんて言ったってダメなんだよ?デートだってなんだって出来ないんだ。私はこれから楽しい日々を送るはずだったのに死んだ女になって、さっくんはできたての彼女を亡くした男になるんだよ?やだよ死にたくない。やだやだやだやだこんなになるからダメだって言ったのに。さっくんが告白なんてしてくれたからこんなに私死にたくなくなっちゃったねぇ責任、責任とってよ!」
僕は告白することで彼女を辛い目にあわせてしまった。
けれど、代わりにできることだってある。
「詩乃」
「…なに」
「詩乃、キスしよっか」
好きって言わなきゃキスできなかった。好きって言わなきゃ詩乃は死にたくないなんて言えないまま死んでいった。
「だから、キスしよ?」
「ほんとさっくん馬鹿すぎて泣けるね……ファーストなんだから、大事にしなよ?」
「わかってるって」
唇を合わせた。
触れ合わせただけの、キスと呼べるかも怪しいくらいの、小さなキス。

「僕は、」「私は、」

「「君を好きになれてよかった」」



その日の夕方、詩乃は亡くなった。
最後はやっぱり笑って、多くの人に見守られて目を閉じた。
僕の彼女は数時間で亡くなってしまったけれど、それはそれでいいところもなくはないと思う。
僕と彼女は、互いを好きなまま終われたのだから。


詩乃がお墓に入ったとき、僕は指輪を墓の前の地面に埋めた。








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