「あっれー、どこ行ったかなー?」

夕焼けで赤く塗り潰された教室で、影になった床を探る。手に付くのは埃や消しカスばかり。今日の掃除当番は手抜きがひどいとぼやきながらも手は休めず探し続ける。

「何探してんの」
「都!」

放課後になって少しだけ絡んだ毛先が柔らかそうな唇の横で揺れる。右手はポケットの中のカイロを握っているようだ。

「やー、ちょっと探し物が?」
「なに?」
「っとー……」
「言えないようなものなの?」
「言えないってわけやないんやけど……」

出来たら言いたくないけど。ちょっと言いづらくもあるから自分で見つけられたら良かったんだけど、都は優しいから手伝ってくれちゃうんだろう。

「えっとな、ストラップを落としたぽくて」
「どんな?」
「うみわにさん、の……」
「古いの持ってるね」
「え?」
「ん?古くない?流行りだいぶ昔だよね?」
「あーまあね……」

古いけど、他の反応が来ると思っていた。
小学校中学年の頃。都と公園で遊んでいて、家のことか何かで泣き出してしまったことがあった。

「桃くん、どうしたの? わたし、何かした?」
「ちが、ちがうけど、ごめん…都ちゃんやないんやけど、ごめんな」
「泣きやめない?」
「っう、ごめん……」

狼狽える都を見て更に悲しくなって涙が止まらない。背中を撫でてみたり離れてみたりしていた都だったが、思い出したようにポケットから何かを取り出した。

「……ストラップ?」
「うみわにさんとうみせみさん。知ってる?」
「知らない……」
「じゃあおしえてあげる」

ようやく自分にもすることができたと使命感に駆られたのか、都は拙い語りでマスコットの説明をする。

"うみわにさんは強くてみんなからはすごいすごいって言われてたんだけど、強いからみんなこわがっていつもとおくから声をかけるだけ。話そうとするとにげてしまう。ひとりで海のまん中にぷかぷか浮かんでいたうみわにさんに、ある日ひとりだけ友だちができた。うみせみさんはうみわにさんをこわがらなかった。「わたしは小さいからおいしくないし、うみわにさんがやさしいことを知ってるもの」うみせみさんはうみわにさんの頭にのってたくさんたくさんお話をした。うみわにさんもうみせみさんもお互いが大好きだった。"

かわいい水色のワニと七色の小鳥。二匹セットが売りのキャラクターはあの頃大人気だった。セットのぬいぐるみストラップを名残惜しそうに見つめて、ワニの方を俺に差し出した。

「あげる。わたしがうみせみさん持ってるから、うみわにさんの桃はひとりじゃないよ。私が友だちだからね」
「……いいの?」
「うん。でも大切にしてね」
「あり、がと……」

手の中の明るいスカイブルーのうみわにさんを見ていると、不思議と心が落ち着いて前向きな気持ちになった。カバンに付けて大切にしていたうみわにさんは薄汚れてボロボロになってしまったが、高校生になった今でも筆箱に入れて持ち歩いている。そう、確かに入っていたのだ。さっき帰り際に筆箱にないことに気付くまでは。
都も当然二つのストラップの記憶はあると思っていたのだけれど、覚えていたのは自分だけらしい。思い上がっていた自分が嫌になる。
そうこうしているうちに、日もだいぶ落ちてきた。電気のついていない教室は薄暗く、目を凝らさないと細かいところは見えない。グラウンドの運動部の喧騒も減っていた。

「もう暗くなってきたし、諦めるわ。ごめんな、付き合ってもらって。送ってくで……」
「ねえ」
「ん、なに?」
「これじゃない?」

現実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。帰ろうとした直後に探し物は見つかった。

「え、なにどこにあった?」
「空きロッカー。誰かが拾ってくれてたんじゃない」
「うっえーマジかよー!」
「うるさい。あったんだからよかったじゃん」
「よかったけど、かなり時間浪費した感が……」

はい、と手渡されたストラップを丁寧にリュックにしまう。その様子をじっと見ていた都がぼそりと呟いた。

「……それ、自分で買ったの?」
「いや、えーと……」
「私があげたやつ?」
「えっ」
「違った?」
「覚えとったん?」
「あたりか。うん覚えてるよ。桃が泣いてたから、宝物にするつもりだったんだけど仕方なくあげたやつ」
「やったらくれんでよかったのに」
「大切にしてくれてるみたいだからいいよ」

そうだ、大切にしている。都からもらったものはどれも大切だけど、このストラップはその中でも特別気持ちと思い出の詰まったものだから。
昔からずっとお互い支え合ってきた。しっかり都の拠り所になれていたとは言い切れないけど、少しは頼ってもらったりもするし。
夕闇に沈む音のない、自分たちだけの教室。少し、空気に飲まれた。
黙って都の手首をそっと捕まえ顔を近づける。目は、閉じられた。言外に与えられた許可に唇を寄せていく。
キスをする時都はいつも目を閉じて待つのに、唇が触れた瞬間少しだけ目を開けまた急いで瞑る。今日も変わらないいつも通りの都の癖。
舌も絡ませる少し長めのキスのあとの、潤んだ目と赤い頬、長いため息。この余韻が好きだ。幸せを甘く煮詰めたような二人の時間。
昔から知っている都に、新たに知った都が加わって更に更に好きになっていく、惹かれていく。
砂糖でできた、蟻地獄のよう。

「帰ろうか、都」
「うん」

教室を出たら友達同士の距離になる。でも恋人同士の距離から見る都のこともちゃんと知っているから大丈夫。
二人ぶんの足音に他クラスにいた生徒達の足音がぱらぱら重なる。外はあと少しで夜。
一番星にお願い。ずっと都の隣にいられますように。







*桃誕生日おめでとう! 2014.3.26
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