今日も大垣さんはレポートの締め切りに追われて研究室にこもっている、らしい。らしい、というのはメールでそんなニュアンスのことが簡潔な文で返ってきただけで、直接話したわけじゃないからだ。最後に対面で話したのはもう1ヶ月前。会えない日々が続いている。
ベッドに寝転がり、今日も連絡のない携帯を枕元に放る。学校の課題をやらなくては、と思うが頭の中は会えていないことの不安でいっぱいだった。
レポートは言い訳で、誰か女の人と遊んでいるのかもしれない。家でごろごろしているのかもしれない。面倒で俺と連絡を取らず、このままフェードアウトさせようとしているんじゃないか。そんな悪い方向へばかり想像は膨らむ。信じるより疑う方がずっと簡単で、なのに苦しい。
その時コンコン、と戸がノックされた。母親だろうか、と思い「いいよ」と返事をした。

「お邪魔します」

それなのに入ってきたのは母より背が高く声も低い、俺がずっと頭に思い浮かべていた人。
よう、と手を上げた大垣さんから半ば反射的に目を逸らす。いきなりで驚いた。思考がばれているんじゃないかとまで思ってしまう。

「……何か用?」
「おいおい冷たくね?せっかく会いに来たっていうのに」
「別に。レポート終わったの?」
「無事提出しました。ごめんな、しばらく会えなくて」

そう言い悪気なく笑ってみせる。俺の好きな笑顔も今はイライラを増幅させるだけだ。
さっきまで来ない来ないと色々考えていたせいか、ようやく来てくれた大垣さんに苛立ちと喜びと不安が入り混じる。ボロボロに崩れ落ちそうで、思わず立ち上がり、大垣さんの服の裾に縋り付いてしまう。

「……咲帆?どうした?」
「なにが」
「泣いてるから」

なにが、なんて白々しく聞き返す必要もない。制御しきれなかった涙が頬を伝っているのはわかっていた。
片方の手のひらでぐい、と落ちてくる水滴を拭い、鼻をすする。不安が涙と一緒にぼろぼろと落ちてくる。

「あの、大垣さんはさ、ほんとに俺を好きなの?」
「……はあ、またそれ?」
「っ! 鬱陶しいって、わかってるよ……」
「ああごめん、鬱陶しいとかじゃないけど。だって俺もう何回も好きだって言ったよな?咲帆が不安だって言うたび、いつも」
「でも不安になるんだもん……」
「いい加減俺のこと信じてよ」

大垣さんの声に苛立ちが混ざる。不安が増す。
はあ、と深呼吸のようにため息をついてから、大垣さんは無理矢理落ち着かせた声で話し出す。

「なあ、毎回毎回そうやって不安だ俺のこと好きなの、って言うの、どうにかなんないの?」
「ならない……」
「俺もいい加減キレるよ?わかれよ」
「だって会えないし、連絡も来ないし……大学の方邪魔はしたくないけど、何にも連絡ないから……」
「そんだけで勝手に俺の気持ち憶測して不安がるのやめろよ。何もわかってないくせに」
「何も教えてくれないのは大垣さんだろ!?」
「察しろよバカ! 俺だってお前のこと大好きなんだ、って。お前が考えてるより全然、もっと」

壁際に追い詰め、ダン、と両腕を枠のように壁に押し付け俺を囲う。肉食獣を前にした小動物のような緊迫感に、背中を汗が流れる。

「俺がどんだけお前のこと好きか、知りたい?」
「知り、たい」
「引くよ?」
「引かないから」

大垣さんはすっ、と短く息を吸い、俺の肩に頭を乗せて息を吐いた。

「最近連絡しなかったの、咲帆のこと考えたら会いたくなるから」
「え?」
「会いたくなって集中できないから自分でルール作って、終わってしか会わないって決めてた」
「そうだった、の」
「うん。他にもたくさん、お前が誰かと会うって言うたびムカついたり、何を見ても咲帆に似合うか考えたりとか、咲帆を思い浮かべながら一人でシたりとか」
「うん……」
「咲帆が誰かを、俺じゃない、例えば前に好きだったやつのこととかを俺より好きになったとしたらを考えたら怖くて、考えないふりして、好きだけ伝えようとして。一応年上だし余裕持ってるように見せようとましてた。それなのにお前が不安だ不安だって言うから……もうさあ、どうしたらいいのかねえ。どうすりゃわかる?伝わる?」

長い息を吐いた後、小さく鼻を啜る音がした。しばらく互いに喋らず、沈黙が落ちる。意を決して声を絞り出す。

「……お、大垣さ」
「ごめん。こんな、女々しいよな。鬱陶しいよな。……こんなつもりじゃ、なかったんだけど」
「あ、の、大垣さん。……ごめん」
「いいよ、俺が弱かっただけ」
「でも俺ばっか不安がってた。何にも知らないで。ごめんね」
「うん」
「俺ももっと、自信持てるようにがんばるから、だから大垣さんも、かっこつけてないで、俺に話してね」
「なら、お前もな。不安になったらすぐ言って」
「……ん、わかった」

頭が乗せられていた肩が軽くなり、近距離で視線が交差する。どちらともなく触れるだけのキスをすると、小さく笑いあった。

「こういうの、済んでみるとバカみたいだよね」
「だな。それでもまた次もおんなじくらい不安になるってわかってるのも馬鹿らしい」
「だって好きなんだもん。仕方ないよ」
「俺も好き、咲帆」
「……改まると恥ずかしいね」
「恥ずかしがってんのもかわいいからよし」
「もう」

壁を押さえつけていた大垣さんの手と俺の手をしっかり絡ませ、ピッタリくっついてベッドに座る。なんとも言えない、幸せな時間。不安になったり、怖くなったり、そういう時間があるからこそ生まれた、幸せな今という時間。
乗り越えるたび、強くなる。前よりずっと、好きになる。二人で居る、未来が生まれる。

「大垣さん、好きだよ」
「もう聞いた」
「大垣さんは?」
「好き、咲帆」
「もう聞いた」
「パクリじゃん!」

なんでもない会話でも嬉しくて笑みがこぼれる。また頑張れるって思える。
それはとても、とても幸せなこと。
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