*麻季と奏乃は付き合ってるif
鮮やかな色々、物売りの声、行き交う老若男女の軽い足取り。テレビで見た祭りとは比較にならないような小規模な祭りだけれど、人々が纏う空気はテレビと同じだった。
奏乃の迷子を阻止すべく手を握りながら人々の間をすり抜けて行く。本音を言えば手を繋ぎたかっただけだけれど。とはいえ自身も人混みには不慣れな身。さっさと切り抜けてしまおう、と足を早めかけたところでクン、と繋いだ手が引かれた。
「麻季くん麻季くん! 金魚すくいあるよ」
「ほんとだ。すげえいっぱいいる……奏乃、やる?」
「んー……麻季くんが取るのを見たいかな。僕あれ成功したことないし」
「俺も初だけど……やるか。テレビで見たコツを頼りに……」
屋台のおじさんに200円を渡し、代わりに掬いをもらう。よかった、モナカの方じゃなくて。モナカの方のコツはわからない。
水の中では赤、オレンジ、白、黒が混ざり合って光に反射しキラキラと泳いでいる。次々と襲いくる掬いから逃げてほとんどの金魚は一箇所に集まっていた。
「あの子、一人なのかな。みんなと泳ぐ方違う」
奏乃が指差す橙の小さな金魚は、薄いヒレをたゆたわせながらゆらゆらと泳いでいる。大多数の金魚がいる方向へ向かうものの、たどり着く前に大多数の方が素早く移動してしまい追いつけないでいるようだった。
「お姉さん、そいつはダメだよ。ノロいだろ、弱いんだ。すぐ死ぬからやめときな」
屋台のおじさんの大きな声がうるさい。そんなに言われなくても、聞こえる。
「……じゃあ強いやつっています?」
「早いやつは元気でいいぞ。そのぶん難しいぞ、兄チャン?」
「大丈夫ですとってみせますよ。死なないやつの方がいいに決まってますし!」
やる気を示して笑う。
奏乃は笑わなかった。
結局一匹も取れずにおじさんに掬ってもらった赤めの大きな金魚をビニール袋でぶら下げ歩いた。
奏乃はずっと黙ったまま、俺の服の裾をつまんで後ろをついてきた。人の少ない祭りの隅で立ち止まり、声をかけた。
「奏乃」
「あっ、うん、なあに?」
「ごめんな?」
繕っていた笑顔が崩れ、泣くのを堪えているふうになる。
その頭をぽんぽんと撫でてやると小さく「なにが?」と呟いた。
「金魚、ちっこいやつ取らなかったから」
「……ううん、いい。元気な方がいいもんね」
「ごめん」
「謝らないでよ!」
もう隠すことなく泣きだした奏乃の涙が屋台の原色を万華鏡のように映す。
俺は乾いた目で瞬きをして、もう一度謝った。
「麻季くんは、怖くないの?」
「何が?」
死ぬこと。
ギリギリ聞き取れるくらいの声で落とされたその言葉は、あまりにありきたりで、同時に身近でもあった。
「怖いよ」
「嘘」
「ほんと」
「嘘だよ。じゃあなんで、なんでそんなに他人事みたいなの…!」
他人事みたいに、してるんだよ。
"元気な方がいい"なんて、わかりきった共通概念。
「僕はね、麻季くんがいつか、って思うと、怖くて怖くてたまらないよ。まだまだ一緒にいたいし、そんなこと考えられないし、考えたくもない」
「うん、ありがと」
「だけどね、それがありえないことだ、っていうのも、わかってるつもりだよ」
じわりと湧き出す汗を深呼吸で抑え付け、それで? と先を促す。
「だから、もし明日お別れになっちゃうんなら、今日遊んでおかなきゃもったいないでしょ。僕は麻季くんの病気のこと、詳しくはないけど、それでも危ないってことはわかるから。だからね、」
−−麻季くんも現実見て。
「やだ、って言ったら?」
「困っちゃうなあ」
「それ嫌って言えないじゃん」
「うんそうだよ、言わせない。受け止めて」
奏乃の青く澄んだ目を見る。ガラス玉のように透き通った目に映る俺の目は、きっとこれほどまでには澄んでいない。
「奏乃さ」
「なあに?」
「俺が死んだら悲しむ?」
「悲しむどころじゃないかも」
「そっか」
「うん」
「もう一つ。俺が死ぬまで一緒にいてくれる?」
「いるよ。だから死んじゃダメだよ」
「……うん。ありがとな」
あーー、と意味不明な声を発しながら鼻水を啜る。泣いてるの? の問いには、まだ泣いてないからセーフ、とふざけて返す。
「金魚、さっきのやつ取りに行こうか」
「いいの?」
「あいつがいいの。あーでも飼うなら俺飼えないから奏乃になるけど」
「わかった、この子と一緒に飼うね」
ぶら下げられたビニール袋の金魚に向かって「ねー」と話しかける姿がかわいい。
「奏乃、ちょっと」
「んー?」
振り返った奏乃を引き寄せ、数秒だけキスをする。離れ際に唇を舐めた。俺にしては頑張った方だと褒めてほしい。
「あ、麻季く……」
「 ほら行こうか!あいつ取られちゃってても困るしな!」
「え、う、うんそうだね、行こう!」
繋いだ手に一緒に金魚の袋も持って、さっき通った道を逆に辿る。
手のひらが熱いの、バレませんように。
視線は気恥ずかしくて合わせられないけれど、心はしっかり伝わってるだろうから、大丈夫。そう声に出さず呟いて、手を強く握った。