独房にて その後

質問の意図を図りかねたのか、フェイタンは訝しげに眉根を寄せた。
身を清め寝間着を纏わせて人心地ついたその人に向けて、イルミはもう一度問うた。

「カルトのことは嫌いかい?」
「……」
間を置いて出方を窺う。フェイタンが答えに窮しているのを汲んで、イルミは更に続ける。
「憎いだとか殺したいだとか言っても構わないよ。ここだけの話にしておく。酷いことするつもりはないから、君の正直な気持ちを聞かせておくれ」
フェイタンは無言のままそっぽを向いて、横目でイルミの顔を盗み見ている。まだ猜疑を孕んではいるが、先ほどのような頑なさは感じられない。

(あと一押しかな?いけそうな感じはするけど……)
無理に距離を詰めるのは得策ではない。責め苦の後に介抱してやったことで、フェイタンは自ら心を開きつつある。このタイミングで、無理に抉じ開けるような真似をするのは逆効果だ。少しずつ。慎重に。焦らず。確実に。
「まず君に謝らないといけないね。君の気持ちをないがしろにしたのはまずかった」
謝罪されるとは思ってもみなかったらしく、フェイタンは少し驚いたように目を見開いた。その表情に手応えを感じながら、イルミは言葉を続ける。
「オレたちは暗殺者として育てられた。他人に対する判断基準は、殺すべきかそうでないか。愛し方なんて教わる筈もない。ましてやカルトは幼いから、君に対する感情の正体が分からないんだ。特別な感情を抱く人に拒絶されたことでパニックに陥って、数々の暴挙に出てしまった」
「……」
「言うことを聞かないなら聞く気になるまで折檻する。従順になるまで痛めつけて、徹底的に反抗心をへし折って、理想の傀儡へと育て上げる。自分が親にされたようなことを君にもやらかして、深く傷つけてしまったわけだ……まぁ、オレも弟可愛さにその片棒を担いだわけだし。兄として本当に申し訳ないと思ってる」
少しずつ猜疑が消えて、安堵の色に置き換わる。内心ほくそ笑みながら、更に続ける。
「君はつらくて堪らなかっただろうね。でもカルトはカルトなりに必死だったんだ」
イルミの言葉が、鼓膜を震わせ、耳小骨で増幅され、蝸牛で電気信号に変換され、神経を伝って脳へ染み渡る。そこに埋め込んだ針と共鳴して、フェイタンの精神を染め上げる。
カルトに対する憎悪が薄れていく。代わりに、カルトへの愛情が芽生えてくる。カルトの真っ直ぐな好意に胸が疼く。カルトに対する同情さえ覚え、イルミの言う通りだと納得し始めているのが手に取るように分かる。

(お。いい感じ)
いつの間にかフェイタンが正面を向いている。その視線がイルミの目から逸らされることはない。
「カルトは君のことを大切に思っている。そうでなきゃわざわざ家に連れてきたりしないし、抱きたいとも思わない。どうでもいい存在なら留守中の面倒をオレに頼んだりしない。お仕置きなんて手間のかかることもしないね。それならさっさと捨てるか殺すかして、別のコを見つける方がずっと簡単だ……そうだと思わないか?」
「……」
ぐす、とフェイタンが鼻を啜る。反抗的な態度はすっかり鳴りを潜め、イルミの「説得」を素直に聞き入れている。
「くどいようだけどカルトの気持ちは本物さ。それはオレが保証する。もう一度訊くよ、フェイタンはカルトのこと嫌い?怖い?」
「……」
「正直に言ってごらん」
フェイタンはしばらく下を向いて黙っていたが、やがて小さな声で、呟いた。

「……頭おかしい」
「うん」
「ワタシの話聞かない」
「そっか」
「ワタシの体、好き勝手(かて)する」
「へぇ」
「すぐ怒る」
「ははは。確かに」
「……でも、嫌い違うよ」
「え、本当に?」
両手をぱっと開き、大きな目を更に見開いて、イルミはわざとらしく驚いてみせる。フェイタンは小さく肯いて、それからまた俯いてしまう。
「ああ、よかった!『一生許さない』なんて言われたらどうしようかと思った。こう見えてオレ小心者でさ。弟の初恋が上手くいくかどうか気が気じゃなかったんだ」
イルミが大袈裟な仕草で胸を押さえると、ようやくフェイタンが口元だけで小さく笑うのが見えた。更にイルミは芝居がかった動作で深々とため息をつくと、改めてフェイタンに向き合い、その小さく形の良い頭を撫でた。
「それならカルトと仲直りできるね」
「……多分」
「カルトのことを愛してやれる?」
「……それは分からないね」
「それでいいよ。時間はたっぷりあるんだから、少しずつお互いに歩み寄っていけばいいのさ」
イルミは微笑んで、フェイタンの手を握った。そのまま引き寄せ、抱き締め、親愛なる者を讃えるかの如く、小さな背中をぽんぽんと叩く。
フェイタンは抵抗しなかった。イルミの胸に頬をすり寄せ、その腕の中で安らいでいるようにさえ見える。イルミはフェイタンの髪を愛おしむように何度も撫でて、せいぜい名残惜しそうに立ち上がった。

「じゃあオレそろそろ行くね。お腹冷えてるだろうし、今夜は温かくして過ごすんだよ」
「……ん」
「何かあったら遠慮なくオレに相談しなよ。ちょくちょく様子見に来るからさ」
「うん」
「おやすみ」


***


部屋を出てドアを閉めた。
乱雑な音を立てぬよう注意を払いながらドアノブを手放す。
ラッチがカチリと音を立てる。
オートロックが作動する。

(やれやれ、良心が痛むなー。まるでDVに加担してるみたいで)
苦い痛みを与えたあとで、甘い言葉で懐柔する。典型的なマインドコントロールの手法だ。
カルトに対する不信感はまだ残っているものの、フェイタンの心は既にカルトを許しつつある。イルミの誘導に乗って、カルトを受容し始めている。
フェイタンはもう二度とカルトを拒絶しないはずだ。カルトがフェイタンに対して抱く執着心も、カルトがフェイタンにぶつける劣情も、全て喜んで受け入れてくれるだろう。

(『押してダメなら引いてみろ』とはよく言ったもんだ。まさかあんなにコロッといくなんてね)
強制したら反発されたので、同情心に訴え自主性に委ねてみたら見事に成功した。
賊の手合いは意外なほど情が篤い。特にフェイタンのようなタイプは、一度懐に入れた相手に対してはどこまでも献身的になる。
今までクロロを慕っていたように、これからはカルトに従い続けるだろう。
カルトの役に立つことはフェイタンにとって幸福なことだ。カルトに必要とされることがフェイタンの喜びとなる。カルトの望みはフェイタンの願いとなり、フェイタンの幸せはカルトと共有される。カルトはフェイタンの理想の伴侶であり、フェイタンはカルトの理解者であり、フェイタンの全てはカルトのものだ。

(ていうか、オレもう寝なきゃじゃん。明日はオチマまで出張だし……)
イルミはひとつ伸びをして、自分の部屋に戻るべく、音もなく歩みを進めた。

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