肉人形飼育記録2

「それやめる。馴れ馴れしい」
パシッと音を立てて払われた手に、じんとした痛みが広がる。
「馴れ馴れしいってことないでしょ。一応仲間なんだし」
「やめろてば」
拒絶された手でピンと跳ねた髪を撫でる。生き人形……もといフェイタンは身をよじって逃げようとするも、壁沿いのベッドの上ではすぐ行き止まりにぶち当たってしまう。舌打ちしながら壁に背を預け、ボクを睨みながら、溜息交じりの声でこう尋ねてきた。

「ココ何処?ワタシに何した?」
「此処?ボクん家。あとボクは何もしてない」
「お前はしてないとしても、アイツがしたんじゃないか。て訊いてるよ」
「何にもしてないってば」
最後の回答は嘘だ。フェイタンの脳にはイルミ兄さんの針が仕込まれている。
これが刺さっている限り、この人はボクの言いなりになるしかない。そのように操作されているのだ。
もっともそんなことを説明してやる義理はない。ボクが黙っているとフェイタンはまた別の質問を投げかけた。

「そういえばお前、殺し屋だたな。一体(いたい)誰の依頼ね」
それを聞いた瞬間、ボクは思わず笑ってしまった。口角が上がり、肋骨が持ち上がって、せり上がった吐息がフンと音を立てて鼻から漏れる。
フェイタンは軽くボクを見上げ、ぽかんと目を見開き硬直していた。笑いの意図が分からなくて戸惑ったのだろう。さすがにそんな状態は数秒だけで、フェイタンはまた険しい顔をして、苛立ちもあらわに言葉を発した。
「……何笑うことがある。アタマおかしいのかお前」
「だって」
これが笑わずにいられるだろうか。彼は勘違いしている。ボクが何処かから暗殺依頼を受けて、自分を誘拐して、殺そうとしていると思い込んでいるらしい。

――幻影旅団をターゲットにしたことがあると、父から聞いたことがある。
逆に言うと旅団は仲間をゾルディック家に殺されたことがあるのだ。
そのメンバーが嫌われていたのか。過ぎたことは水に流す主義なのか。それについて団員たちがボクに何か言ってくることはない。
もっとも、各々の腹の中までは分からないけれど。咎めないから何も思ってないとは限らない。一応は仲間として受け入れこそすれども、本心では恨み骨髄でいても不思議ではない。
それはさておき。フェイタン=ポートォの暗殺以来を受けたカルト=ゾルディックは、まんまと幻影旅団に入り込んだ。暫くおとなしくして信頼させておいて、油断した頃になって牙を向いた。フェイタンはそう解釈しているようだ。
確かにそう考えるのも無理はない。むしろ自然だろう。しかしそれは大きな間違いだ。フェイタンはボクの個人的な事情に巻き込まれただけである。だいたい、ターゲットを殺すのにわざわざ自宅に連れ込む必要がない。

「別に、誰の依頼も受けてないし。キミを殺すつもりなんてないよ」
答えながらベッドに上がり、膝立ちで向き合う。フェイタンの表情に嫌悪の色が増す。
「……ワタシのコトどうするつもりか」
「どうしようね」
「こちが訊いてるよ」
「それじゃあ、エッチする?」
「ハ?」
自分の年齢の半分も生きてないような子供にそんなことを言われるとは思ってもみなかっただろう。今度は狐目をいっそう細め、眉を左右非対称に歪めて、「お前は一体何を言っているのだ」と言わんばかりに顔を顰める。
「ボクの言うことが聞けないの」
「お前に命令される筋合いないね」
「へぇ。そんなこと言って良いわけ?」
左手をフェイタンの眼前に伸ばす。指先を額の中央――針が刺さった辺り――に人差し指をかざすと、面白いほど全身がビクッと震える。
総毛立つことでその身を包むオーラが一瞬針鼠のように逆立つ。威嚇するような目つきの奥には、怯え・困惑・憤怒が綯交ぜの色が見える。そのさまがボクの嗜虐心をそそり、劣情を煽り立てることを知らないらしい。

「……こち来るな」
壁伝いに後ずさりながら声を絞り出すフェイタン。その気になればボクを突き飛ばして逃げるなど容易なことだろうに。そうしないのは、やはり針のおかげだろうか。
伸ばした手の位置を少し下げて、彼の頬に触れる。僅かに下顎が震えている。髑髏を描いたマスクをずり下ろし、親指で唇の輪郭をなぞる。
「ボクに逆らったらどうなるか教えてあげようか」
首筋に指を滑らせながら、その鼻先に自分の顔を寄せていく。顔を背けられたので下顎を押さえ強引に正面に向け、唇に唇を押し当て、両側から頬を圧迫して顎関節を開かせ舌を捩じ込んでやった。
ミルキ兄さんから(無断で)拝借したアダルトビデオの見様見真似だ。ディープキスのやり方が、これで合ってるかどうかは分からない。
舌を噛まれやしないかと思ったが杞憂だった。苦し気に顔をしかめながらも、フェイタンに抵抗する素振りはない。
どうやらイルミ兄さんの説明に嘘はないらしいと安堵しながら、たっぷり口腔内を味わう。歯列をなぞり口蓋を舐め回し味蕾のざらざらした感触を楽しみ唾液を流し込む。
息が続かなくなって唇を離す。解放されるなり、その人は汚物でも拭うかのように袖でごしごしと口許を拭った。

「キス。いつもフィンクスとしてるんでしょ?」
もう永遠にする機会はないだろうけど。
「死ね、キモチ悪い」
「うわぁ。そういうこと言う」
冷ややかな視線で睨むフェイタンに、わざとらしく傷ついたような台詞を投げかける。
「あんまり生意気言うと後が酷いよ」
「ガキのすることなんてタカが知れてるね」
怯えを孕んだ表情で無理に笑いながら、フェイタンは更にこう続けた。
「筆おろししたいなら、はじめからそう言えばいいね」
「…………」
ボクが黙っていると、フェイタンは勝ち誇ったように見下すように笑みを深めて、立て板に水の如く罵詈雑言を垂れ流し始めた。
「誠心誠意お願いすれば一度くらいヤらせてやるのに。どうせワタシ連れてくるのもお兄ちゃんアテにしたね。ブラコンのこじらせ童貞とか最低にも程があるよ。生きてる価値あるかお前?お前みたいなのが大人になたらストーカーとか変質者になるね。人さまに迷惑かける前に、ささとくたばれ。このロクデナシ」

よくもまぁ、ここまで口汚く人を罵ることができる。自分だって盗賊のくせに「人さまに迷惑をかける前に死ね」とは一体、どの口が言う。
それにしても今日は異様なまでによく喋る。
虎の威を借りる狐みたいに、フィンクスの陰に隠れて二、三言悪態をつくのが主なフェイタンにしては珍しい。
たぶん、不安の裏返しだろう。自分の体内に何か仕込まれていることも勘付いている。それが何だか判然としない。得体が知れないからこそ怖い。
とにかく、さっさと目の前の人間を殺して逃げ出したい。簡単にできる筈のそれが、どうしてかできない。念能力者とはいえ明らかに未熟な、たかだか十歳かそこらの子供に逆らえない。頼みのフィンクスも傍にいない。
不安で仕方ないからこそ、あえて上から目線で嘲笑って、底知れぬ心騒ぎをごまかして、少しでも恐怖を和らげようと虚勢を張っているのだ。
いじらしいと言えなくもないが、こちらも全く腹が立たないわけではない。彼には己の身分を分からせてやらなくてはならない。

懐に右手を忍ばせる。
取り出した扇子を構える。
オーラを込めたそれを翳す。
白い嵐が黒い布地を引き裂く。
彼の体を。蜘蛛の刺青をあらわにする。

「あんまり調子乗らないでくれる?」
一瞬前まで服だったものが細切れになって、紙吹雪とともに床に散らばる。
「ハハ、図星突かれて逆ギレか」
全裸に向かれてなお減らず口を叩くフェイタンだが、相変わらず、その瞳の奥には恐怖の色が濃く滲んでいる。
反論せず、ボクはベッドから降りてサイドテーブルを漁り、フェイタンの方に小瓶を投げて寄越した。
「犬がゴロンするみたいに股開いてごらんよ。それ使って自分で準備して『挿れてください』っておねだりするんだ」
テーブルの引き出しやベッドの下には、セックスに使えそうなものが揃えられている。末弟が初めての情事で困らないよう長兄がお膳立てしておいてくれたらしい。
彼の細やかな心遣いは有難いのだが、フェイタンの悪たれ口が的を得ているのが悔しい。
ボクの胸中を知ってか知らずか、フェイタンは命令を遂行すべく仰向けに寝転んで両脚を開いた。小瓶を開封し、ワセリンを指に擦り込んで、硬く閉じた穴に添えて動かし始める。
「はは、きつそう。フィンクスも苦労してそうだね」
嘲笑まじりの言葉で辱めるも、何も反駁してこない。その態度にはある種の開き直りがみられる。とにかくこの場をやり過ごして隙を見て逃げ出そう。おおかたそんな胸算用を立てているのだろう。
まぁ、今はそれでいい。どうせ逃げられっこないのだし、おとなしく従ってくれるなら好都合だ。

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