いちばんだいじなもの3

「カルトさー。最近あのコのところ行ってないみたいだけど、何かあった?」
「別に」
長い黒髪を弄びながらイルミが尋ねる。カルトはイルミに視線を向けることもなく、ぶすりとした顔で答えた。

「ケンカしたなら早く謝りな」
「してない」
「それじゃあ何故会ってやらないのさ」
「……」
いちいちうるさい奴だな、とカルトは苛立った。
反応するのも面倒くさいので努めて無関心を装ったが、やはり面白くないものは面白くない。
恨めしげな視線をくれてやるとイルミは「おおこわ。なに怒ってんの」と無表情のまま抗議してきた。

「でも、よかったね。父さんの許可あっさり下りてさ」
その声に皮肉っぽさはない。とりあえず末弟の幸福を祝福している……というより、ゾルディック家に新たな命が誕生することを心から喜んでいるらしいことは伝わった。
「母さんも喜んでるし。カルトが黙ってオンナを囲って、しかも孕ませたなんて知ったら卒倒するかと思ったけど……完全に取り越し苦労だったな。倒れるどころか『孫の顔を見るのが楽しみだ』ってはしゃいでるくらいだしね」
その言葉にも特に含みは感じない。見たままのことを客観的に述べているだけのようだ。

両親にとって。なかんずく母にとって家を存続することが何よりの優先事項であるらしい。
血族が増えることを喜びはしても憤怒する理由はない。
子を産むのがあの幻影旅団の一味とあって、それが母にとって舞い上がるほど嬉しかったらしい。
期待に目(?)を輝かせる彼女の口から、きっと素晴らしい暗殺者に育つだろう、早く逢いたい、と何度聞いたことか。
一方で、孫を産む人であるフェイタンの人格については、まるで関心がないらしかった。
子さえ産んでくれれば他のことは一切気にしないとばかりに、特に会いたがるわけでも嫌悪するでもない。
親に黙って淫らな行為を働いていたカルトを咎め立てることもない。
何故カルトが幻影旅団に入ったか。如何にしてフェイタンを連れ込み関係を持ったか。何も言わない。なにも詮索してこない。
カルトも別に何も言わない。訊かれれば答えるつもりでいるが、訊かれないので何も語らないでいる。
ともあれ、この家の人間はフェイタンの出産を心待ちにしている。無論カルトも例外ではない。

「とにかくさ。あんまりあのコのこと放っとくのはよくないんじゃないの?お前のこと嫌いになって、黙ってお腹の子を始末しちゃうかもよ」
「……」
「いちいち恐い顔するのやめてくれない?」
再びカルトに睨まれ肩を竦めるイルミの表情は、相変わらず感情が欠落している。
彼も母と同じだ。別にカルトとフェイタンの仲を案じているわけではない。フェイタンに無事腹の子を産んでもらわねばならないから。つまり、家のために行動しているに過ぎない。
「責任持って話し合いなよ。お前、お父さんだろ?」
「分かってるよ」
咄嗟に「黙れ」と言いたくなる気持ちを抑え込み、不機嫌な声で答えて歩みを進める。これ以上、兄に小言を食らうのは御免だ。

***

カルトはフェイタンの部屋の前にやってきた。ノックもせずに扉を開ける。
「……カルト?」
室内は暗い。ベッドの上で半身を起したフェイタンが視線を寄越す。眠っていたのか、隈の濃い小さな吊り目を眩しそうに細めている。
カルトはそっと部屋に踏み入り、後ろ手で扉を閉め施錠する。ベッドに近付きフェイタンを見下ろす。
「久しぶりね。もう会いに来ないかと思たよ」
いつもの調子でハハ、と軽く笑うフェイタン。若干気まずそうではあるが、その顔に拒絶の色はない。
カルトは無言でフェイタンの隣に座る。スプリングがギシと音を立てる。
久しぶりに間近に見るフェイタンは少し窶れたように見えた。兄や執事から聞くことには、殆んど食事を摂っていないらしい。
ただでさえ小さい体が更に小さくなった気がする。その一方で、寝間着から覗く胸は心なしか大きくなったように見受けられる。

「この前はごめん」
少しの沈黙の後、カルトは率直に詫びた。
「別に怒てないね」
「いや怒ってるでしょ」
「怒てないてば」
そう言う割にはフイッと視線を反らす。やはり少しは腹を立てているらしい。
「ご飯、食べてないんだって?」
「悪阻で食べられないね」
「お腹の子は大丈夫なの?」
「さぁ。ワタシは平気だけど」
フェイタンがさらりと答える。「赤ん坊なんかどうなろうと知ったことじゃない」とも取れる物言いに、カルトは眉根を寄せてフェイタンを睨んだ。
「……何?カルト、その顔」
「ヘラヘラしてないでよ。フェイタンはもう母親なんだから」
「分かてるよ」

いまこの人にとっては、自分こそ小うるさい説教たれそのものに思えるだろう。
気怠そうに手をひらひらさせるフェイタンを見つめながら、カルトはグダグダと小言をぶつイルミの姿を想起して何とも言えない気分になった。
フェイタンは小さく息を吐くと、ころりと横になった。もぞもぞと動いて体を丸め、腹を守るような姿勢になる。
「また寝るの?」
「いくらでも寝れるよ」
吐き捨てる声はいかにも眠たそうだ。何が可笑しいのか、その口元には微かな笑みが湛えられている。

「……ね、カルト」
不意にフェイタンがカルトを呼んだ。肩甲骨の辺りまで伸びきった黒髪が、枕に零れ放射状に広がっている。
「ワタシのコト好きか?」
「当たり前でしょ。今更何言ってんの」
フェイタンが仰向けになる。じっとカルトを見上げる黒い瞳は、心なしか切なさを帯びている。
「ワタシのコト一番大事?」
カルトは言葉に詰まった。フェイタンと赤ん坊と兄ら家族を天秤にかけたが、瞬時に答えが出なかった。けれどこう答えた。
「うん」
それを聞いたフェイタンは満足げに目を細めて微笑んだ。
「ハハ。ウソでも嬉しいね」
皮肉っぽいような寂しげなような笑みを前に、カルトはなんと答えればいいか分からない。

「ワタシは分からないよ、自分が一番大事なモノ」
返事を待つことなく、フェイタンは更にこんなことを言った。
「カルトのお願い何でも聞けると思てたけど全然そうじゃなかたし。いくらお前の頼みでも蜘蛛抜けるコト考えられない」
それは相手に話しているというより、己の気持ちを整理するために口にしているふうだった。
「でも一番いらないのは決まてるね。お腹の子。人の体に寄生して、さんざん苦しめて、そのくせカルトの愛情まで横取りする。お前が喜ぶと思たから孕んだのに……とんだ疫病神。こんな奴、早く死ねばいいのに」
毒吐く声に自嘲気味の溜息が混じる。フェイタンを見下ろしながら、カルトはすうっと頭が冷えるのを感じていた。

「……どうしてそんなこと言うの」
自分の声はこんなに低かったかと、どこか他人事のように思いながら問う。
「どうしてもこうしても、思たコト言ただけね」
フェイタンが心底面倒くさそうに答える。それがかえってカルトの怒りを煽った。
「思うなって言ってるんだよ」
それは不穏な熱を帯びて室内に響いた。
カルトが和服の袖を翻し、黒い蛾のごとくフェイタンに覆い被さる。
手首を掴みシーツに縫い付け、逃れられぬよう組み敷いて見下ろす。
小さく黒い双眸に自分の顔が映っている。

「自分で言たの忘れたか?蜘蛛と縁切るまでお預けて」
冷笑混じりの問い。カルトは表情を変えぬまま、フェイタンの寝間着を捲り上げた。痛々しく張った乳房がふるりと顔を出し、薄い腹と細い腰が露になる。
フェイタンは抵抗しない。されるが儘に肌を晒す。
どこまでも冷たく人を突き刺す目が逸そ清々しい。
針が馴染む前は、よくこんな表情をして悪態をつくフェイタンに苛烈な仕置きを施してやったものだ。

――腹の子さえいなければうんと酷い目に遭わせてやるのに。
どす黒い衝動に駆られながら、カルトはフェイタンの唇を塞いだ。まだ膨らまない腹を撫でながら舌を絡め、唾液を混ぜ合わせる。その間に、硬くなった小さな胸の突起を指先で軽く摘まむ。

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