突如として浮かんだヒソフェイ
2024/02/25 08:16

「……ハ?」
眉間に皺を寄せ。細い目を眇めて。清めたばかりの身体を拭うその人は、不快感もあらわに聞き返した。

「初めてセックスをした年齢。覚えてないのかい?」
「……さぁ。ワタシ自分のトシ知らないし」
「何年前かは覚えてるだろ?」
「十四年前ね」
「これまでの経験人数は?」
「一人」
「そのお相手は?」
「お前も知てる人」
「へぇ、誰だろうね」
「……」
「ノブナガ?フランクリン?それとも団長かい?」
「どれも違うよ。フィンクスね」
「ふぅん。遠い昔に幼馴染の彼に初めてを捧げて、長いこと操を立て続けてきたわけだ……くっくっく。カワイイなぁ、悪党のくせにずいぶん純情だね」

男の薄い唇が愉快そうに弧を描く。何度聞いても耳障りな、喉の奥で粘つくような笑いが漏れる。その声と表情から心底この状況を楽しんでいるのが見て取れて、余計に怒りが込み上げてくる。
本来であれば、まともに取り合うことはない。こんなくだらない質問に答える義理なぞない。こいつと二人きりで同じ部屋の空気を吸っているのも耐えられない。
さっさとこの場を後にしたいが、それは叶わない。今はこの男の要求に応えねばならない。フェイタンにはそうしなければならない理由があるのだ。

鎖野郎によって蜘蛛は"脚"の一部を引き千切られ、更には"頭"の機能を封じられた。
残った"脚"達は、不本意ながらも裏切者である道化師を頼った。
道化師はある条件を提示した上で、"脚"達の依頼を受け入れた。
条件は三点。
一つ、"頭"との決闘(デート)。
二つ、"脚"達は決闘の邪魔をしないこと。
三つ、フェイタンを一日貸し出すこと。
何故自分を指名するのか。その意図は何なのか。"貸し出す"とはどういうことか。一体何を企んでいるのか。訝るフェイタンに向けて道化師――もといヒソカはこんなことを言った。
「そんな警戒することないだろ?何も嬲り殺そうってんじゃない。ちゃんと五体満足で返してあげるから安心しなよ」
……正直なところを言えば、いやだ。
こんな奴と一日はおろか一分一秒たりとも一緒に過ごしたくない。
だが、断れば交渉決裂。すなわちクロロの復帰が遠退く。
たった一日。たった一日我慢すればいい。
仮に彼の言葉が嘘だとして殺されるのだとしても、それはそれで致し方あるまい。
自分とクロロ。天秤にかけるまでもない。"頭"を失う方が蜘蛛にとって致命的である。
渋々ながらその条件を飲んで今に至るわけだが……まさかこんなことになろうとは。

「――で、その純潔も今日でオシマイってわけだ。一体どんな気分?」
連れ込まれたのはホテルの一室。げんなりした面持ちで深く息を吐くフェイタンに対して、道化師――もといヒソカは心底楽しげに問い掛ける。
「ハハ、最悪。訊くまでもないね」
答えるフェイタンの声は笑いを含んでいる。嬉しさからでは無論ない。惨めで悔しくて悲しくて情けない、さまざまな負の感情を内包しすぎて嗤うしかないのだ。

「その態度いいね。ますますキミの泣き顔を見たくなった」
ヒソカはますます上機嫌に笑い、ソファから立ち上がり、身に纏ったバスローブの紐を解いて、するすると肩から落とす。
股間のモノは既に臨戦態勢。露わになった上半身には蜘蛛の刺青がない。
「こんなモノ必要ない」などと宣いながら、クロロの目の前で"薄っぺらな嘘"で貼り付けたそれを剥ぎ取る姿が脳裏に浮かぶ。
この目で見届けたわけではない。パクノダから引き継いだ記憶だ。
彼女の死後、これをじっくり想起した時は笑いさえ込み上げた。
この男は、はじめから仲間になるつもりなどなかった。クロロという獲物を狩る。それだけのために幻影旅団に潜り込んだ。
そりゃあ興味もない盗賊業なぞ、参加する気になるわけがない。
そうとも知らずに自分は、滅多に顔を出さぬ彼の不真面目さに憤り、その一方で、いつかは心を入れ替えてその類稀な腕前を奮ってくれるだろうと、淡い期待を抱いている面もあった。
(馬鹿らしい)
クロロも、自分も、誰もヒソカの思惑を見抜けなかった。過去の自分たちに会えるものならば事の顛末を教えてやりたいものである。

「さぁ、おいで」
ベッドの上で胡座をかき、膝をぽんと叩いてみせるヒソカ。
髪を下ろして奇抜なフェイスペイントを落とした素顔は間違いなく美形の部類に入るのだろう。その辺の女なら簡単に落とせるのであろうが、フェイタンにとっては爬虫類じみた顔立ちが薄気味悪く映るだけだ。何より彼の本性を知っている身としては、例えどれだけ見目が良くとも好意を抱くことなど有り得ない。
――ともあれ、この状況で拒絶できるはずもなく。
眉間を歪めたままバスローブを脱ぎ捨て、ベッドに歩み寄り――せめてもの反抗にヒソカの膝には乗らず、代わりにベッドの中央にどかりと転がる。
「つれないなぁ」
「お前なんかとイチャつきたくないね。ささとハメて終わらせる」
「くっくっ。キミのそういうところ好きだよ」
仰向けに寝そべるフェイタンの上に覆い被さり、ヒソカは耳元で囁いた。
「まだ一日は長いんだ。たっぷり愉しもうじゃないか」



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