雪に閉ざされた街で、永遠を誓う。
弱まる体が自分自身の命を体現する。
隣で寒そうに白い息を吐くピオニーにこれを伝えようか、それとも黙ったままポックリ逝ってしまおうか。彼のことだ、後者など絶対に許してはくれないだろう。
「余命後僅かなんですって」
「おい、ジェイド。何でお前はそんなに笑っていられるんだ?」
「死なんて一瞬です。そんな恐怖を感じるものではありませんから」
失敗した。
ピオニーを哀しませぬよう計らったつもりだったのだが、逆効果だったようだ。
どうやら笑っていたことが原因らしい。だからと言ってこの癖を直す気も無いが。
「私が死んだら、貴方はどうしますか?」
「ずっと悲嘆に暮れるだろうよ」
「止めてくださいよ、貴方らしくもない」
言葉の裏側が噛み合っていないことは明白。自分が消えることで彼が幸せを掴むであればそれで良い。寧ろ万々歳だ。人間の記憶などとても不確かで不安定で、脆い。消えたものに関しては尚更だから。出来るなら、私に関する記憶全て消し去ってしまいたいのだけれど。
何気ない会話を交わしたのは既に過去。現在はもう何も聞こえない。声も出ない。未来が無い、ということはこの病気が発病した時から理解している。だからこそ、こんなにも切ない、のだろうかとジェイドは嘲笑を含めて苦笑した。
「少しで良い…弱音くらい吐いてくれよ、ジェイド……」
耳が機能しておらずとも目は十分過ぎる程に機能を発揮しているお陰でピオニーの吐いた言葉の大方の見当は付く。自分が彼を苦しめている、そう思うと酷い自己嫌悪に襲われた。
―――傍に、いたい。
それでもそう思ってしまうのは我が儘だろうか。ゆっくりと朽ちていくなら、早々に消えてしまおうか。それだ、それでいい。ピオニーを苦しめるくらいなら、いっそ―――
ぐらりと視界が揺らいだ。重力に遵って傾いていく体。ピオニーが何を叫んでいるかなんてもう知る術は無いのでしょう。
でも、まだ、死にたくない。いくらそれが愚かしいことだとしても、未だ生に縋っていたい。せめて、あの約束だけは…。
動かない体はジェイドにとっては邪魔な拘束具でしかない。
何も聞こえない。何も言えない。なんともどかしいことか。ただ一言でいい。自分の為に世話を焼いてくれるピオニーに、何としてでも伝えたい。
ジェイドの望みは当然叶わず、時は無情にも過ぎ去って行く。
「ジェイド、無理してないか?苦しいなら、応えろよ」
そう訊いては手を握る彼の顔は酷く困憊している。しかしそれでいてとても優しくて。その顔を見る度に自分は死ぬのだと思い知らされた。
死、そのものに恐怖は無い。ただ、死にたくない。ピオニーから離別することこそが、一番の苦痛に感じられた。
ああ、死が足早に近付く音がする。
本当は心細くて、苦しくて。でもピオニーの顔を見るとそんな弱音は吐けないと、無理に強がって始終笑っていた。さぞかし不自然でぎこちない笑みだったろう。
ああ、なんてどうでもいいことだ。死を目前にした人間は走馬灯の如き記憶の連鎖を見ると云う。それがどうでもよいことだなんて、正直な所落胆に値する。
「(外に、出たいです)」
大分無茶を言って白が支配する外へ出た。いつぞやと全く変わらぬそこは寒い筈なのに暖かく感じ、無性にも泣きたくなったが、必死に涙を堪える。
痛みに悲鳴を上げる腕を伸ばし、ピオニーの顔を包むように触れると、最期の力を無理矢理絞り出し、一言呟いた。無論、音など在りはしない。
『永久に、貴方のお傍に』
貴方の隣りに在ることで命を証を、私が生きた証を遺しましょう。
たとえこの身が病魔に蝕まれ、滅びようとも、私は貴方と共に。
だって、ピオニー。
私は貴方を『アイシテル』から。
音の無い声は寒空に響き渡る。
End.
10/05/28
[*前] | [次#]