soundless voice



雪に閉ざされた街で俺は君を見送るんだ。


「ピオニー、私不治の病に罹っているんですって」


突然、本人の口からそう告げられた。頭を鈍器で殴られたような感覚に陥る。


「余命後僅かなんですって」

「おい、ジェイド。何でお前はそんなに笑っていられるんだ?」

「死なんて一瞬です。そんな恐怖を感じるものではありませんから」


遺された俺はどうする?
今ジェイドにいなくなられたら、俺は。
その時は驚きに涙腺を凍結されて涙なんて出なかった。それでも、悲哀は感じていたんだろうが。


「私が死んだら貴方はどうします?」

「ずっと悲嘆に暮れるだろうよ」

「止めて下さいよ、貴方らしくもない」


感情の噛み合わない言葉を交わしたのはつい先日。聴覚喪失に伴い、掠れつつあったジェイドの声が消えた。半信半疑だった病を認めることを余儀なくされる。しかしそれでも彼は笑っていた。


「何故だ…何でお前はそう笑っていられるんだ…」


質問を汲み取ったジェイドは困ったような笑みを零しながら分からない、と薄い唇が文字を辿る。


「ジェイド…」


病気している本人が笑っていて、その恋人が悲しんでいる、なんて酷く異様な光景に思える。
でも、そんなのはどうでもいい。俺の脳内はいつだって目の前にいるこいつに支配されてるんだ。


「(今、どんな音を聞いてますか?)」

「今、か?そうだな…」


答えた所で何も聞こえていないのは分かりきっている。何も伝えられないことを酷く嘆いた。今になって伝えたいことが山程生まれるなんて、卑怯だ。


「少しで良い…弱音くらい吐いてくれよ、ジェイド…」


こんな状態で尚も笑っていられるジェイドを目端に押さえ、誰にも気付かれぬようにぼそりと呟いた。
あの笑みの所為で、あいつの苦しみに気付いてやれなかった。あいつに当たるのは筋違いってのも理解してる。
それでも、俺にはどうしても理解出来なかった。笑顔の理由が。


――俺はどうなっても構わない。だから、ジェイドだけは救けてくれ…。


切実な願いが白い雪雲に吸い込まれる。その願いが叶う筈もなくジェイドは蝕まれていく。散歩中に倒れて、そのまま――


「ジェイ、ド…おいジェイド!俺を置いて逝くな!ジェイド…」


降り積もる雪以上に白いジェイドの顔に涙が落ちては弾けた。その一瞬に幼い日の約束が脳裏を過ぎる。


“俺より先に死ぬな”


約束と呼ぶにはあまりに傲慢なそれに幼子は互いに顔を見合わせ、笑った。二十年近くも昔の想い出は褪せることなく鮮やかに煌めき続ける。たとえ、命が枯れようとも。


「ジェイド…返事、しろよ…もう一度俺の名を呼べ」


もう一度だけでいいから。
冷たくなっていくその身体を抱きながらもう二度と動くことのない唇にそっと触れた。
何もかもが色を失くし、灰色に塗り潰される世界は酷く無機質で。

このまま自分も朽ちようか。
ジェイドのいない世界など、息をしながら死んでいるようなものだ。


「ジェイド…なあ、ジェイド。お前は俺を護るのが仕事なんだろ…!?」


泣いても叫んでも、音も温度も戻りはしない。この世から去ってしまった人間に想いを伝えることが不可能だと分かっているからこそ、無理にでも伝えたかったのかもしれない。
意味不明なこの気持ちに名前を付けるとしたら、なんて自分でも理解出来ないというのにどう名付けよう?
自嘲気味に笑い、感情の無い虚ろな目でジェイドを見やった。


『アイシテル』
そのたった五文字も言わせないままあっさり逝っちまいやがって。それくらい、言わせてくれたって良いだろう…ジェイド、愛してる…――


音の無い声は、雪に散る。


End.
10/05/13



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