昔々、ある国を支配していた男がいた。
国の名はマルクト、そしてその男の名はピオニー・ウパラ・マルクト。歴代の国王達の中でも屈指の暴君だったと記されている。
気に入らない国は戦争で潰し、気に入らない人間は自らの手で殺す。それが彼のやり方だった。
「次は何処だ、ジェイド」
「次は…もうキムラスカしか、」
「ならば、キムラスカを攻める」
「し、しかし…」
「いつお前は俺に指図出来る程偉くなったんだ?」
白い首に伸ばされた手。その力が強まる度にジェイドと呼ばれた男は詰まった悲鳴を上げる。彼の口から絞り出すように謝罪が出れば、漸く手を離した。
「ぐ、ゲホッ…カハッ…」
酸欠の脳がより多くの酸素を得ようと呼吸を早くする。しかし喉が限界を超える程の酸素を取り込んだ為に盛大に噎せる。
その様子を見下すように見ていた彼はハッ、と鼻で笑った。
「俺に逆らってみろ、お前だって容赦はしない」
「…ぎょ、いの…まま、に」
硬い足音が離れていく。
まだ朧げな頭を無理矢理働かせ、思考を巡らせる。しかし、思い浮かぶのはいつだって後悔ばかりだ。
彼は変わってしまった。
私の所為で。あの時、私が秘預言さえ漏らさなければ、彼は何も知らないままでいれた筈なのに。いや、違う。何も知らないまま、など彼が許す筈が無い。
無鉄砲で、自分勝手で、陽気な空はもう此処にはいないのだ。今此処に在るのは、残酷で、無情で、無慈悲な闇。
「……ピオ、ニー…」
掠れた声で彼の名を呼ぶ自分が酷く滑稽に思えた。彼と同じ顔した何かに一抹でも恋情を抱いてしまった自分が、憎々しい。
それでも彼は、もうすぐ消えてしまう。紅い憎悪を抱いた人間達に飲まれてしまう――…
――貴方がいくら預言に抗うと言った所で、もう歯車は動き始めたのだから。
愚かな暴君には死を。
煉獄の炎を燃やす民達は集い、結び付き、立ち上がる。臥薪嘗胆を掲げた人間達の糸はそう簡単に切れるものではないだろう。
――貴方は知っていますか?自身の運命<サダメ>を。そして私達の未来<アス>を。
不意に窓の外を見た。
日に日に程度を増す地響きと轟音。段々と近付いて来る閃光と悲鳴。この国の滅亡もそう遠くはない。
――陛下が愛した水の都は、貴方の手に因って壊される。
ならば、私も共に滅んでしまおう。陛下の眠る、この場所で。
「この俺に国外逃亡しろだと、ふざけるな!」
「新たな兵力の出現、知らない訳ではないでしょう」
「だから何だ。邪魔者など即座に切り捨てれば良かろう」
「軍は既に使い物にはなりません」
「ならば、」
玉座に踏ん反り返る男の言葉を遮り、明言する。
「私が囮になります。その内にお逃げ下さい」
「次は容赦しないと言った筈だが?」
「貴方が私を殺すと言うなら、それもいいでしょう。ですが、貴方に消えられると困るのですよ」
恭しく膝を付き、彼の前で頭を垂れた。そしてまた同じ進言を繰り返す。
「どうか、逃げ延びて下さい」
私の分まで。
音は無かったが確かに口はそう描いて、微笑った。覚悟を決めたそれは何処か寂しげで。
「おい、ジェイド――」
がらん、がらん。
彼の呼び掛けは午前と午後を分ける鐘に掻き消された。細い身体が段々と小さくなっていく。もう、短い手など届かない程に。
そうですね。もしも生まれ変われるのなら、ピオニー、貴方の隣に在りたい。それが、許されることであるならば。
断罪の鐘は、誰が為に。
End.
10/04/07
▽後書き
やっちゃったんだぜ☆←
鏡音三大悲劇はPJでやるべきだろ的な案が浮かんだので。これが初暴君ってのもなぁ…。
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