悪ノ皇帝



昔々、俺はある国を力で支配していた。
国の名はマルクト、そしてその俺の名はピオニー・ウパラ・マルクト。歴代の国王達の中でも屈指の暴君だったと後から聞いた。

気に入らない国は戦争で潰し、気に入らない人間は自らの手で殺す。それが俺のやり方だった。


「次は何処だ、ジェイド」

「次は…もうキムラスカしか、」

「ならば、キムラスカを攻める」

「し、しかし…」

「いつお前は俺に指図出来る程偉くなったんだ?」


白い首に伸ばした手。その力が強まる度にジェイドと名付く懐刀は詰まった悲鳴を上げる。あいつの口から絞り出すように謝罪が出れば、漸く手を離した。
首筋に出来た痕はまるで首輪のようだ。


「ぐ、ゲホッ…カハッ…」


酸素を補給しようとして噎せるジェイドが酷く滑稽に見えて、ハッと鼻を鳴らす。
あの死霊使いと名高いジェイドを屈服させるのは、この世で唯一人、俺だけでいい。


「俺に逆らってみろ、お前だって容赦はしない」

「…ぎょ、いの…まま、に」


ジェイドから距離を置く。
突如としてこうして頭痛に襲われる。医者に見せた所で結果は同じ、原因不明。使えねぇ奴らばかりだ。ジェイドを見る度疼く頭が酷く邪魔くさい。

俺が変わった。
ジェイドは目でそう訴えた。そして時折思い詰めた顔をする。恐らく俺が問い質してもあいつは逃げる。以前の俺は、どんな男だった?――今俺を支配するのは、残酷で、無情で、空虚な、闇…?


「…消えろ…!」


地鳴りのような声。ガラスが割れる音。どれもこれも耳障りでしかない。邪魔だ邪魔だ邪魔だ。全て失せろ。


――俺は此処で死ぬ訳にはいかない。マルクトの皇帝はこの俺だけだ!


愚かな暴君には死を。
煉獄の炎を燃やす民達は集い、結び付き、立ち上がる。臥薪嘗胆を掲げた人間達の糸はそんな簡単に切れるものじゃない、なんてこと少し前なら理解出来ていたのかもしれない。


――愚者には俺が直々に制裁を落としてやる。


日に日に程度を増す地響きと轟音に思わず顔を顰めた。短くなる間隔が近付いていることを伝える。


――俺が求めるのは絶対的な世界だけだ。


そのためにこの都の外観がどうなろうと俺の知ったことじゃねぇ。


「この俺に国外逃亡しろだと、ふざけるな!」

「新たな兵力の出現、知らない訳ではないでしょう」

「だから何だ。邪魔者など即座に切り捨てれば良かろう」

「軍は既に使い物にはなりません」

「ならば、」


力で捩伏せろ。
ジェイドはそれ以上を言わせなかった。刃向かうジェイドの首に絶対零度の刃を宛う。


「私が囮になります。その内にお逃げ下さい」

「次は容赦しないと言った筈だが?」

「貴方が私を殺すと言うなら、それもいいでしょう。ですが、貴方に消えられると困るのですよ」


態々グローブを外し、刃を素手で下ろすと恭しく膝を付き、玉座の前で頭を垂れた。そしてまた同じ進言を繰り返す。


「どうか、逃げ延びて下さい」


どうか、私の分まで。
ジェイドの口は確かにそう描いた。そしてその直後に、微笑った。覚悟を決めたそれは何処か寂しげで。けれど何処か嬉しげで。


今となってはそれを問う術は、無い。何故だ、胸が痛い。目が眩む。視界がぼやける。


――がらん、がらん。
あの時と同じ鐘の音が響き渡る。聞き慣れた筈のそれが酷く重苦しく感じる。
後悔?贖罪?
ジェイド、お前なら、これの名を知っているんだろうな。この都に眠る、お前なら。


もしも、生まれ変われるならば、俺は――


End.
10/04/08
▽後書き
やっちゃったゼ☆←
凄い即席だから色々とおかしい部分


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