赤点ハプニング!



テスト。
それは学生にとって通らなければならない狭き門である。

考査。
響きこそ良いが通れなければ地獄に堕ちる怖き門である。


彼は今、地獄の一歩手前にいる。


「ジェイド、俺の家庭教師をしろ」

「何ですか、偶然通り掛かった教師を捕まえて。師走は多忙なのですから勘弁して下さい」

「俺のクリスマスが掛かってるんだぞ!」

「知りません。それは勉強をしなかった貴方の責任でしょう、自業自得です。だいたい貴方という人は…――


クドクドクド。
説教されること小一時間。その中であの手この手で言い訳を繰り返し、何とか家庭教師をさせることに成功した。


「…今回だけですからね?」

「おう!」


溜まった仕事を中途で切り上げ、渋々着替えを済ませて出て来たジェイドを自転車の後方に乗せ、自宅へと走る。


「ジェイドはいつも何で学校来てんだ?」

「電車とバスです。何しろ自宅のある場所が中々田舎でして」

「車買えばいいじゃねぇか」


投げ出されない為にとピオニーの腰に腕を回すジェイドに意見すれば、環境保全のことを考えなさいと窘められた。全く…と再び説教を喰らうかと思えばそうではなく、なんでもない、そんな憂いを含んだ声に押し流された。その先が気になるピオニーはどうやって聞き出そうかと奮闘する。


「そういえば、ピオニー。貴方にも漸く春が来たんですね」


不意を衝く彼の言葉に思考を中断せざるを得なくされる。ピオニーの豆鉄砲を喰らったような顔に思わず吹き出した。


「クリスマスを気にするなんて恋人でも出来たんでしょう?」

「……ん、まぁな」


一拍置いて零れるように出た言葉は明らかに落胆を孕んでいて、非常に哀しげである。その理由をジェイドは知らない。


「着いたぞー」

「相変わらず貴方の家は大きいですね、感服です」

「そうか?別に寝れりゃ何処も同じだと思うけどな」

「確かにそうですが、貴方がそれを言うと一般人に喧嘩を売っているようにしか聞こえないんですよ」


悪態を吐きながら案内されるまま豪奢な家を進んでいく。やはり大きな家だ、と内部に入り改めて思う。


「…相変わらずですね」

「この方が何処に何があるか把握出来ていいんだよ」


トンネルを抜けるとそこは別世界でした。なんて有名なフレーズが浮かび思わず苦笑。彼の部屋があまりにも散らかっているのでそれが非常に当て嵌まった表現かもしれない。
その上、言い訳がベタ過ぎて無意識に笑みが零れる。


「そうやって言う人程何処に何があるか把握していないんです」

「手際良いな、ジェイド」


せめてテーブル周りだけでも、とゴミを捨て、本を片付け、見る見る内にその一角だけ綺麗になっていく様子を手伝いもせずにただ見ては放言を吐いていた。


「それじゃあ、始めますか」


掃除が一通り終わった後、漸く授業に取り掛かる。


「何処が解らないのですか?」

「全部」


あっさり即答されてしまい返す言葉に詰まるジェイド。そして何処から教えてよいものか苦悩する。


「…一日で終わりますか?この量…」

「…分からん」


何を隠そう赤点の追試験は明日だ。全テストが返却された次の日に追試験など死ぬ気で勉強するかすっぱり諦めるかのどちらかだ。


「…潔く諦めませんか?」

「クリスマスは絶対ェ潰したくねぇ!」

「余程恋人の事を強く想っているのですねぇ、感心します」


ピオニーの情意に負けたのか浅く溜息を吐くと教科書を広げた。


「いいですか?これから貴方の頭に基礎を叩き込みます。基礎中の基礎ですから、これを覚えられなければクリスマスは諦めて下さい」

「…おう」

「この量となれば…夜を徹する可能性が高いですね、大丈夫ですか?」

「徹夜くらい何ともねぇよ。ほら、早くやろうぜ。時間が勿体ねぇ」

「そうですか。では頼まれたからにはビシバシいきますよ」


眼鏡のブリッジを押し上げ笑みが変わる。先程は呆ればかりであったが今は陰険鬼畜ロン毛眼鏡のそれだ。


無情にも夜は更けていくばかりで、時計を見る度に精神的にも肉体的にも追い詰められる。


「この問題を解いてみて下さい」

「あー…と、これは判別式の公式を使って出た数値Dが0より大きいからして、共有点は2個だ!どうだ、ジェイド!?」

「……正解です。これで多少の応用は利くと思いますので大丈夫でしょう。後は貴方の実力と運次第です」


外は東雲が映え、陽は昇り、白く朝靄が立ち込めている。何とも清々しい朝だが今は酷く憎らしい。登校まで残す所 後2時間。


「…なあ、ジェイド。寝ていいか…?」

「後2時間ですから我慢なさい」

「ゔー…眠い…」

「一昨日、夜更かししましたね?」

「ゔっ」


図星を突かれて思わず詰まった声が出る。まさか一昨日一人でシてたなんて口が裂けても言えない。言ってしまえば極限に引かれるのがオチ。しかもその時脳内にいた人物の名を言ってしまえば尚更だ。拒絶される可能性も無きにしもあらず。


「まあ、あまり言及はしませんがテストの復習くらいして下さい」


彼が空気を読む人間で良かったとつくづく思う。大抵の場合は敢えて空気を読まないのだが。


「分かったって」

「それに、こんな予定外は身体に堪えますから」


教科書を眺めながらにこり、と笑った彼はとても迷惑そうに見えて、正直な所少しショックだった。


「迷惑、だってことは解ってんだよ…」

「…え?」

「んにゃ、何でもない」


小さく小さく呟いて、聞き返してきたジェイドを適当にはぐらかし、彼の頭をぐしゃぐしゃに掻き乱した。


「…何ですか、いきなり」


突然の行為に眉を顰める。不機嫌な声を聞いてピオニーはけたけたと笑った。


「特に意味はねぇよ」

「…貴方、教師を何だと思っているんですか」

「教師以前にジェイドはジェイドだろ」

「どんな理屈ですか」

「こんな理屈」


本日何度目かの溜息を吐いては頭痛に悩んだ。不意に腕時計が目に入った。


「おや、こうしている間に時間が迫っていますよ」

「んじゃそろそろ行くかー」


ぐぐっと体を伸ばしながら一日中着用してよれよれになった制服を直し、外へ出る。
息は白く濁り、白い結晶が宙を舞う。それはとても幻想的で、今在る世界がまるで異世界のように思えた。


「ほら、ぼけっとしてんな。行くぞ」

「あ、…ああ、はい」

来た時と同じ様にジェイドを自転車の後ろに乗せ全力でペダルを漕いだ。


「ちょっ、ピオニー!速度の出し過ぎは事故の素ですよ!」


ジェイドの忠告も聞かずただがむしゃらに漕ぐ。その甲斐有っておよそ10分後、学校前に到着。今日は土曜日だけあっていつもは生徒で賑わう校門も殆ど人がおらず静かである。


「なあ、ジェイド」

「はい、何でしょう」

「追試を合格したら、クリスマス一緒に過ごそうな!」


にかっと屈託の無い笑顔を向けて玄関へ走って行くピオニー。その後ろ姿を見ながら呆然としていたジェイドだったが言葉の意味を理解するや否や顔を真っ赤に火照らせる。


――…お馬鹿さんがっ!


嬉しいのか哀しいのか感情の整理が付かなくなった彼を置き去りにしたピオニーは、


「反則だろ、あの顔…」


もはやテストどころでは無かった。頭を勢いよく左右に振り邪念を振り払うとしっかりとした足取りで教室へ向かい席に着く。


「――試験、開始!」


それから、テストはすぐに始まった。
期末考査より難しいと言われてきたそれは今の自分にとっては酷く簡単で十数題あった問題もあっという間に終了。
終わった者から退室ということだったので異例の速さで退室したピオニーは周囲から目を剥かれた。そしてテストはその場で返却される。


「ピオニー・ウパラ・マルクト…どうしてお前は期末考査でこの点数を出せんのだ」


小言を言われ渡された紙の点数欄に100の赤文字。


「俺は家庭教師がいないと頑張らねぇ質だから」


ぐっと親指を立てて笑うピオニーに試験官―グレン・マクガヴァンは頭痛を覚えたそうな。


「ジェイド!」

「入室する時はノックなさいと何度言ったら分かるんですか、貴方は」


会う度会う度説教をしている気がする…と頭を押さえて溜息を吐いた。
その様子を見てむっときたピオニーは背後から覆い被さるように抱き締めてやれば、全くと言っても過言じゃない程反応せずいつも以上に冷静だった。


「ほら、満点取ったぞ!」

「…全く、これが考査だったら良かったんですがね」

「グレンと同じこと言うなよ…次も家庭教師してくれるなら、ちゃんと考査で満点叩き出してやるよ」

「拒否権なんて、無いくせに」

「まぁな。でも今は、ご褒美くれよ」


諦めたようにふっと笑い、懐から綺麗にラッピングされた箱を手渡した。


Merry X’mas!
(外には雪を、彼らには愛を)


End.
09/12/19
▽後書き
箱の中身は各自ご想像にお任せ致します。




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