三原大介は、頬杖をついて窓の外を眺めていた。空は真っ青の快晴。差し込む日差しは肌を焼き、夏真っ盛りだ。――グラウンドを走り回るバイクさえ無ければ、季節感があるのだけれど。

 教室は騒がしい。机に座って煙草を吸う生徒、どこから持ち込んだのか雀卓を使用し賭け麻雀をする生徒など、おおよそ一般的とは言えない光景が広がっている。

 大介は溜息をついた。一応今は授業中のはずなのだが、教卓を見ても教師の姿はない。またボイコットだ。


「腹減った」


 誰かが喧騒の中、そう言った。麻雀をしている男だ。真っ黒な髪に一筋、赤いメッシュが入っている。大介は彼を見る度に、蠍(サソリ)を思い出していた。あの毒をもつ蠍だ。赤さが、似ている。卓上で牌を掻き混ぜていた男が「そうだな」と同意を示した。


「買いに行かせようぜ」


 卓を囲む男達は、まばらに賛同の返事をした。蠍が鋭い瞳でこちらを見たので、大介は立ち上がる。見た目も中身も不良とは程遠い大介は、奴隷のように扱われていた。


「何がいいの」


 大介は、持参している小さなノートを開きながら尋ねる。授業のために購入したはずなのに、今はすっかり伝票と化してしまっていた。
 
 カップ麺とかコンビニの唐揚げ弁当など、注文をひとしきり聞き終えて大介はノートを閉じた。

 教室を出る。「アイツ全然さからわねぇよな」、という蠍の笑い声を背中で聞いた。大介の表情は変わらなかった。彼は無感情で、無感動だったからだ。



 そもそも大介がこの高校に入ることになったのは、言ってしまえば教師のせいだった。

 中学の担任が、大介の願書を出し忘れたのである。発覚したのは受験当日で、それはもう大問題になった。大介の両親は職員室で怒鳴り散らし、担任は土下座をしていた。大介はそれを、相変わらず表情のかけらもない顔で眺めていた。結局、唯一定員割れしていた県下一の不良高校、加東高校にギリギリ滑り込んだというわけである。

 両親は絶望していた。もう息子の人生は終わったと嘆き、悲しみ、そして大介を放り出した。今大介は、親が見つけてきた物件で一人暮らしをしている。

 通帳に多額の金だけ振り込んで、それが手切れ金だと言わんばかりに両親は遠くへ引っ越していった。捨てられた、と思ったその時は流石に大介も眉を寄せるくらいはしたものだが、時が経つにつれてそれもなくなった。諦め、ともいう。



 学校を出て、コンビニで頼まれたものを買って戻る。校門をくぐったその時、大介は思わず頬を緩めた。この学校で唯一気を許せる存在が、軒下で丸くなっていたからだ。大介は足取り軽く近づいて、もふもふとした毛を撫でる。


「タロウ」


 タロウは大きなゴールデンレトリーバーだ。ここで寝泊まりしている用務員の老人が飼っている。

 こんな治安の悪い場所で自由にのそのそ動いているから、最初は生徒に暴行を受けないか気掛かりだった。しかし今のところ、そんな様子は全くない。

 生徒の良心云々より、タロウの体がかなり大きいのが理由だと大介は考えている。ちょっとした熊ぐらいのサイズがあるのだ。もしタロウが本気で反撃してきたら――そう考えるくらいの知恵は、ここの生徒にもあるのだろう。

 無類の犬好きの大介は、ふにゃりと顔を笑わせながら、タロウの首元をわしゃわしゃとする。大介の表情が変わるのは、まさに犬が絡んだ時くらいだ。タロウはちらりと大介を見ると、ふわりと大きなあくびをする。

 存分に柔らかな感触を堪能した大介は、名残惜しいのをこらえてすっくと立ち上がった。あまり遅くなると、蠍達の不興を買う。


「じゃあね、タロウ」


 タロウは閉じていた瞳を開くと、大介の手の甲をぺろりと舐めた。大介はそれに笑みを深め、その場を去る。



 思い切り頭を殴られて、瞳がチカチカした。蠍は、尻餅をついた大介の顔に唾を吐きかける。


「おせぇ」

「ごめん」


 蠍はそれ以上何もいわず、大介の手からコンビニの袋を奪った。彼等は軽快な笑い声を立てながら、また麻雀を始めた。大介は、聞こえないようにひっそり溜息をついて唾を拭う。

 ゆっくり立ち上がった。眩暈がして足がもつれたが、なんとか持ち直す。とろとろしたペースで、自分の席へ歩き始める。


「三原さぁ」


 後ろから呼ぶ声が聞こえて、振り向いた。蠍の正面に腰を下ろした男が、いやらしく笑いながらこちらを見ている。

 ――赤いメッシュが蠍なら、こいつは蛇だ、と思う。白銀に染めた長めの髪をピンでとめ、嘘っぽい笑顔を浮かべる彼は蛇を思わせた。


「抵抗しようとか、おもわないの?」


 大介が返事をする前に、蠍が馬鹿にするような声で割り込む。


「要、無茶言うなよ。コイツにンなこと出来るわけねぇだろ」


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