今日はここまで

 




「…じゃあ、今日はここまでね。お疲れ様、アンちゃん」




「うん、今日もありがとう。レオ」








パタン、と先ほどまで目を通していた本を閉じて、持ってきていた他の資料と重ねる。


今日もいつも通り、レオの座学を受けていた。








「そういえば、今日はもう公務ないんだって?」






「あ、そうなの。よく知ってるね」






「大好きなアンちゃんのことなら、何でも分かるよ」






「っ…レオ!」








いつもの調子でからかってくるレオに、アンは顔を真っ赤に染めた。


こんなやり取りも、もう数え切れないほど繰り返しているというのに、未だにアンは初々しい反応を見せる。

そんなアンに、レオは心が温かくなるのを感じると同時に、少しの嗜虐心を覚えた。







「さっき、ジルが言ってたんだ。だから、少しはアンちゃんを休ませろってさ」







レオは眼鏡を外しながら言う。








「休ませる?」





「そう。最近、アンちゃんが集中力を欠いてるし、欠伸ばかりしてるから、だって」








レオは机に両肘をつき、その手で両頬を支えるようにして、上目遣いにアンを見た。









「心当たり…あるでしょ?」









意味深な言葉と共に、妖艶な笑みを投げかけるレオに、アンは先ほど以上に顔を赤く染め、さらには首筋までもが赤く染まりつつある。









「って、俺のせいか。ごめんごめん、ジルに言われるまで気づかないなんて、俺、ダメだね。アンちゃんと一緒にいると…抑え効かなくて」









あまり悪びれる様子もなく謝罪の言葉を述べる彼は、きっと確信犯なんだろう。

アンはそう思った。








「…レオのバカ。じゃあ、私行くね?」







「うん。あ、アンちゃん」









呼び止められて顔を上げると、目の前に迫ったレオの顔がそこにあって、唇に温かいものが触れた。








「……っ!」




「忘れ物」




「レ…っ!」







顔を真っ赤に染めたまま反論しようとしたアンの唇に、レオは人差し指を押し当てた。










「ほら、早く行かないと、いつもみたいに帰せなくなっちゃうけど…いいの?」








「っ…もう、レオ〜…」










机の向こう側から身を乗り出して顔を寄せてきていたレオが、にんまりと笑みを浮かべながらゆっくりと椅子に腰を下ろす。

すると、丁度その時、執務室の扉を叩く音が響いた。






「はい」










レオが返事をすると、開いた扉の向こうには…













「……レッスンは終わったのか?」















カインの姿があった。










「ああ、今ちょうど終わったところ。カインはどうしたの?何かあった?」










レオが尋ねれば、カインはアンに視線を向ける。


アンは立ち上がると、カインから寄せられた視線に首を傾げた。










「…いや。…おい、アン。終わったなら、この前みたいに林檎むいてくれ」








「え?あ…うん、いいけど」








「じゃあ先に食堂行ってるからな」













それだけ言うと、カインはさっさと執務室を後にした。


カインの去った執務室に沈黙が走る。




















「…………どういうこと?」









少し怒気を孕んだ声が、沈黙を破った。

アンはビクッと肩を揺らし、そっとレオに視線を向ける。










「…えっと、あの……」









「この前っていつ?なんでアンちゃんじゃないとダメなの?俺に隠してた理由は?」













矢継ぎ早に繰り出される質問に、アンは慌てるように目を伏せると、立ち上がって近づいてくる影に息を呑んだ。




 

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