Sleeping Beauty

 

舐め上げた場所へ再び唇を寄せると、今度はキュッと吸い付いた。






「……ぅ…ん」






僅かに走った痛みに反応したのだろう、アンは顔を左右に一往復振ると、またしても、すーすー…と穏やかな寝息を立て始める。




ジルはまだ覚醒しないアンに安堵しつつ、先ほど唇を寄せた箇所に目を留めた。

そこには、小さな赤い痕が、アンが誰のものであるかを主張するように花開いていた。

満足気にその痕を指でなぞり、ジルはベッドに足をかけた。



ぎし…と微かに軋み、ジルの全体重がそこへかかると、少しの揺れを伴った。




アンは………


















………起きない。




ジルは素早くアンの足の間に身体を滑り込ませ、ネグリジェの裾に手をかけた。


ゆっくりと臍の上あたりまで捲り上げる。




現れたのは、無造作に投げ出された白い太腿と、両サイドを紐で縛るタイプの下着。

ラベンダー色のそれはネグリジェと同じシルク素材で、控えめなレースの装飾が施されていて、なんともジル好みの物であった。









「…はぁ……」






ため息に似た、熱い吐息がこぼれてしまう。

ジルは、どくどくと脈打つ自らの心臓を落ち着かせるように胸をぎゅっと押さえた。




落ち着きなく彷徨わせる視線が、ジルの動揺を表している。


本当は触れたい、アンの足の間に潜む秘められた場所をすり抜けて、美しく露呈した腰骨に両手を添えた。


優しく摩るように、くびれの方へ上がっていく。




すると、アンは背筋に何か走ったかのように、その身を反らした。






まずい、これは起きてしまうかもしれない、そんな思いがジルの頭に過ぎり、手放しかけていた理性をしっかりと取り戻した。





ジルはベッドから降りると、淫らに横たわるアンに目を見開く。



自分がここまで乱したはずなのに、湧き上がってくる、この沸騰しそうな悪寒はなんだろう。

ジルの胸が、アンの胸元の所有印を視界に入れた途端、打ち震えた。




この美しく淫らなプリンセスは、私のもの…




きっとジルは、そう実感したかったのだろう。















「アン…そろそろ起きてください」










ジルは何事もなかったかのように、アンに声を掛ける。


が、しかし、ここまで乱されても起きなかったアンが、こんなに優しい呼び掛けだけで目覚めるはずがない。












「アン、公務に差し支えますので起きてください」











ジルは強めに肩を揺する。


それでも、目覚めそうな気配はない…。




淫らな四肢とは裏腹に、その寝顔はあどけない。

そんなアンに、抑えようのない情欲に見舞われ、ジルはゆっくりと顔をアンへ近づけていく。







「アン…」







少し開いたままのアンの唇を覆うように、自らの唇を重ねた。

チロ…と舌先で唇を舐めてみる。



間近で見つめるアンの眉間に力が入るのを確認し、今度は自らの唇でアンの下唇を挟み、優しく何度も甘噛みをした。







「……ぅ」







すると、アンは微かに声を漏らし、息苦しかったのか唇を開いて酸素を取り込もうと息を吸い込む。


ジルは構わずアンの口内へ舌を侵入させ、深く貪るようにアンの舌を絡め取る。







「っ…ふ、あ……」









さすがのアンも、ジルが与える熱いキスに、確かな反応を示し出した。



翻弄されている側のアンの吐息ばかりが響いていたのに、今ではそれに重なるようにジルの熱い吐息が混じる。





閉じられていたアンの瞼の目尻から、一粒の雫がこぼれ落ちた時…












アンはゆっくりと瞼を持ち上げ、徐々に開くその瞳に、熱っぽいジルの瞳を映した。










「…っ…!」









ジルはアンが目覚めたことを確認し、惜しみながらもアンから顔を離した。














「おはようございます、アン。随分と寝起きが悪いですね」












ジルは何事もなかったかのように、すました表情で言う。

その口元に微かな笑みを浮かべて。










「ジ、ジル…!」









「おや、こんなに衣服も乱れて。寝相も悪いのですか?」








「…えっ!?」












ジルは自分のしたことなど棚に上げ、妖艶な笑みを浮かべてアンの体を指差す。


アンは咄嗟にネグリジェの裾を下げ、上半身を起こして自らを抱きしめた。

顔だけでなく体まで羞恥に真っ赤に染めて、アンは涙目で困ったようにジルを見上げた。











「ジル、あの…さっきの、は…?」







「さっきの、とは?」









分かっているのにこうして意地悪をしてしまうのは悪い癖だと自覚しながらも、ジルは楽しそうにアンを見る。












「さっきの………キス」











恥ずかしそうに目を伏せて言うアンに、胸を愛しさで溢れさせながらジルは微笑み、告げた。










「起こしてもなかなか目覚めなかったですし、貴女の寝顔があまりにも可愛らしかったので、つい」








「…っ」








「もっと堪能したかったところですが…」










ほら、と見せられた時計の針が差し示す時刻に、アンは目を見開いた。










「えっ!?大変、急がなくちゃ!!」










その言葉と共に勢いよくベッドを飛び出したかと思うと、アンはバスルームへ消えていく。

ジルは微笑みながら小さくため息をつき、くるりと踵を返す。






そして、ジルがドアノブに手を掛けた時。




















「えーーーーーっ!?なにこれーーー!!?」





















バスルームから聞こえてきた悲鳴にも似た叫びに、ジルは笑いを堪え切れず思わず吹き出した。



鏡の前で胸元の"あれ"を目にしたアンが、顔を真っ赤にして叫んでいる姿が、いとも簡単に想像できる。










「深い眠りからキスで目覚めるなど…貴女はまるで眠り姫ですね、アン」










誰にも聞こえぬ言葉を残し、ジルはアンの部屋を後にした。



















     ◆    ◆    ◆



















「…明日の予定は以上です。急な変更がない限りはこれで。従来の通り、明朝にも確認していただきますが」








一日の公務を終え、休む前の最後の確認としてジルが明日の予定をアンに告げる。








「うん、わかった」





「それから、明日からはまたユーリが執事として貴女に仕えますので」





「…そっか」





「そんな顔をなさらないでください。ユーリが可哀想ですよ」







クスクスと笑いながら、ジルが言う。








「うん…。でも、執事としてでもジルとたくさん一緒にいられたから、嬉しかったんだ。ジルはいつも忙しいから、こんなに長く一緒には過ごせないし」








確かに、周囲から「激務」と称されるような仕事量を日常的に抱えており、アンと一緒に過ごしてやれる時間は少ない。

本当は、常にアンをそばに置いて、愛でていたい。

そんな想いを、アンは知らないだろう。





寂しさを隠しきれていない笑顔を見せるアンを、ジルはそっと抱き寄せた。









「……ジル…?」







「貴女にはいつも、寂しい思いをさせて…」







「分かってるの。ジルのせいじゃないよ。でも、少し心配なんだ。ジルは何でも出来過ぎちゃうから」







「何でも…?」







「うん。ユーリも言ってたよ。執事の仕事だって簡単にこなせちゃうって。本当にその通りだったもん」










すると、ジルはアンを腕から離し、正面からアンを見つめて、その両肩に手を添えた。











「周りから見たらそうかもしれませんが…そうですね、ひとつだけ、私にも出来ないことがあります」










アンは首を傾げて、ジルの言葉を待つ。










「それは………」









ジルは言葉の途中で、不意にアンにキスをした。











「こうして貴女を目の前にすると…キスしたくなってしまうんですよ。そして、それを我慢できない自分がいます。…今朝のように」











そう言ってジルは再びアンにキスを落とす。









「……っ…!」








「これは、私と貴女、二人だけの秘密ですよ…?」











そして、ジルはまたアンにキスをした。












―…本当は身体も奪いたくなってしまうということは…私だけの秘密にしておきましょうか…―









ジルは心の中で呟くと、抑えきれそうもない自分だけの秘密の想いを成就させるべく、これから始まる甘い時間を予感して、アンの腰に腕を回した。










-END-



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