太陽よりもアツイ君の熱
「……暑い」
「…うん。暑いね」
燦々と照りつける太陽の下、カインとアンは中庭の噴水の縁に並んで腰掛けていた。
「…早く降参しろ」
「…カインこそ。もう限界でしょ?」
二人は今、勝負の真っ只中。
こめかみを伝って流れ落ちる汗が、今日の暑さを物語っている。
ああ、こんな暑さでは、日中のガーデンパーティーなど到底叶いそうにない、そんな思考がアンの脳裏を掠める。
それがほぼ間違いない事実であることを、本当はアン自身も心の内で認めている。
明日は一年に一度の大切な日。
大好きなカインが、この世に生まれ落ちた、愛おしい日。
そんな明日をカインが喜んでくれるようお祝いしたくて、色々な構想を巡らせたが、何せ真夏。
理想としていたガーデンパーティーは夢と散る。
「…………おい」
「ん…?」
カインが視線も向けずにアンに声を掛ける。
「ここまでして俺に勝ちたいか」
「もちろん」
カインが負けず嫌いなのは重々承知だ。
だけど、今日は、今日ばかりは、負けられない理由があるのだ。
「に、したって…。一日だけだとしてもお前の言うことに全て『イエス』と答えること、って。お前な…」
そう言うカインを横目でチラリと見遣ると、少々呆れながら、太陽の暑さに目を閉じて額に手を当てていた。
「カインが素直に聞いてくれないから…今こんなことになってる」
滴る汗が光を反射して輝き、カインの首筋を伝っていく。
やけに煽情的なその姿に、思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
「俺様が素直に聞くわけないってことくらい、分かってんだろうが」
「……う…ん」
「急にしおらしくなりやがって。分かってんな、ら……って、おい!」
カインの声をどこか遠くに聞きながら、アンは徐々に歪んでいく視界にカインの焦った表情を映していた。
まずい、倒れる…そう思ったのが最後だった。
「っ、アン…!おい、しっかりしろ!」
噴水に落ちそうになるアンの背に腕を伸ばし、寸前のところでカインが支えた。
「……ったく、こんなになるまでして勝ちたかったのかよ…、…馬鹿が……」
カインは小さく悪態をつきながら、意識を失ったアンの膝裏にも手を差し込み抱き上げた。
腕に抱きかかえたアンの体が思った以上に熱くて、カインは驚きに目を見開いた。
「…ちっ……」
焦る気持ちを抑えることも出来ないまま、なるべくアンに振動を与えないように早足で城の中へ向かっていく。
カインは、こうなる前に降参してやればよかった、と後悔せずにいられなかった。
◆ ◆ ◆
「軽度の熱中症です。まったく…あなた方は一体何をなさってるんですか、こんな暑さの中…」
額や首裏などを冷やされベッドに横たわるアンの脇で、カインはジルの説教を聞いていた。
「…………」
「子供じゃないんですから…程度が分かるでしょう?」
「………悪かった」
「明日の生誕祭にプリンセスが出席できなくなってしまったら、どうするのです?」
ふと、カインは明日の夜に予定されている自分の生誕祭を思った。
生誕祭とは少々大袈裟な名目だが、第二王位継承者である自分の誕生日を祝うために国内外から多くの王侯貴族が集う、大規模なパーティーだ。
そのパーティーにプリンセスが出席できなくなる…それも自分との勝負で熱中症になったせいで。
それはまずいと、さすがのカインも肝を冷やす。
「……アンの看病は俺にさせてくれ」
ジルは仕方ないと言った表情で、小さく溜息をひとつ吐いて、口角を上げ微笑んだ。
「ええ。頼みましたよ、カイン様」
それでは、と小さく頭を下げて、ジルはメイドたちを引き連れて部屋を後にした。
二人きりになった途端、部屋に静寂が満ちる。
アンが眠るベッドに、ぽすっと顔をうつ伏せたカインは、聞こえてくる定期的な呼吸に胸を撫で下ろした。
「アン……悪かったな。今日のお前の頑固さは予想外だ」
そっとアンの手を掴み、その華奢な指に自分の指を絡める。
「俺も意地を張りすぎた…まさか倒れるまで粘るなんて思わねえだろうが…。…アン……」
絡めた指に唇を寄せ、その一本一本に優しくキスをした。
「俺様の………負けだ」
「………言ったね?」
「……っ…!?」
prev ←|→ next
[ 1/5 ]
|Birthday|TOP|Novels|