君の優しさ
「おはようさん、古森!…って、どないしたん!?」
朝からムカつくぐらい爽やかかつ、イケメンオーラを漂わせながら登校して来た隣の席の白石に視線を向ければ、素っ頓狂な声をあげられた。まあ、それもそうだろう。自分でも分かるぐらい、今日のわたしは酷い顔をしているのだから。別になんでもない、とはぐらかして顔を背ければ、白石の手がわたしの頬に触れた。
「…もしかして、泣いたん?」
白石の指が、涙の跡を辿るように頬をなぞっていく。その手を振り払うと、白石は困ったように笑った。
「振られたんか、あいつに。」
「…白石には関係ない。」
「そんなこと言われてもなあ、心配やねん。」
そう言う白石の口調は優しい。白石はそっと、わたしの腕を掴むと教室から連れ出すように歩きだした。
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白石に連れて来られたのは、保健室だった。先生がいないのか、白石はわたしを椅子に座らせると勝手に冷蔵庫を漁りだした。その姿をぼんやりと見つめていると、目に突然ヒンヤリとした物が触れた。
「ほら、氷当てとき。これで腫れ収まるで。」
「……うん、ありがとう。」
白石の優しさが、生乾きの傷口に少し、染みた。困らせると分っているのに、枯れたはずの涙がまたゆっくりと零れ落ちる。白石はそれを止めるわけでもなく、わたしの隣に静かに腰掛けた。
「……本気で好きだったんだよ。ずっと好きで、やっと付き合えたと思ったのに、あの人はわたしのこと遊びだったんだって。二股かけてて、本命の人一本にするから、って振られちゃった。」
そう言って、笑ってみせたはずなのに、すぐ隣にいるはずの白石が、滲んでよく見えない。涙を拭おうと自分の頬に手を伸ばすと、白石の手が伸びてきて、それを止めた。そして白石のもう片方の手が、涙を掬うようにまた頬をなぞっていく。
「ごめんな、俺が古森が傷付く前にちゃんと言っとけばよかったな。」
どう意味?そう、白石に聞き返す前に、白石との距離がゼロになった。白石の手が、わたしの背にまわっていて、抱きしめられているのだと知る。
「…し、白石?」
「俺やったら、絶対古森のこと悲しませたりせん。弱ってるところにつけ込んでることは分かっとる。…でも、あいつやなくて俺にせんか?」
ずっと前から好きやった。
そう、掠れるような声で耳元で囁かれる。そして、白石はそっとわたしから離れるとごめんな、と優しく笑って保健室を出て行った。
残されたのは、わたし1人。
体には、白石の温もりが残っていた。
fin.
(2014.08.14.)
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