わたしの可愛くない後輩


今日はついてない日かもしれない。
登校途中、閑静な住宅街のど真ん中で小石に躓いて派手に転んだのだから。こんな派手な転び方、誰かに見られていたら恥ずかしすぎる…!と、周りをキョロキョロして、誰もいないことに安心しきっていると、フッ、と鼻で笑うような声がした。

「古森さん、朝から大変ですね。」

「ひ、日吉くん…。」

振り向くと、明らかに見下すような目でわたしを見降ろしている日吉くんの姿があった。…誰もいないと思ってたのに…!

「どうしたらそんな派手に転ぶんですか。」

「あはは…才能、かな?日吉くんいる?」

「いりません。」

後輩とは思えない冷たい返事に、わたしは頬を引きつらせながら、そ、そうだよね…、と言うしかなかった。相変わらず日吉くんは容赦がないというか、辛辣というか…。まあ、それが彼のいいところでもある。

「それじゃあ、俺、急いでるんで。」

…前言撤回。日吉くんはやっぱり鬼だ。転んだか弱い女の子を置いて行くなんて…と思ったけれど、こんなことを言えば日吉くんから氷点下並みの冷たい視線を浴びせられることになるのが目に見える。はあ…、とため息をつきながら、小さくなっていく日吉くんの背中を見送った。

+++

日吉くんから精神的ダメージを食らって、しばらく固まっていたわたしだけれど、遠くから微かに聞こえてくる始業のチャイムに我に返った。転んだ上に遅刻だなんて、本当についてない。泣きたい気持ちを抑えて、やっとの思いで立ち上がれば、瞬時に鋭い痛みが走った。思わず座り込んで自分の足をよく見てみれば、膝から下は血塗れだし、足首は転んだ時に捻ったのか腫れている。今の状況を宍戸の言葉を借りて言い表すなら、まさに"激ダサ"ってヤツだ。無理にでも休んで家に引きこもってるべきだったのかもしれない。どんよりと暗いオーラを纏っていると、はあ…、と頭上からため息が降ってきた。

「いつまでそこにいるつもりですか、古森さん。」

「ひ、日吉くん…?」

見上げるとそこにいたのは無表情の日吉くんだった。…さっき、わたしを置いて学校に向かってなかったっけ?あれ、もしかして幻覚?思いっきり頬をつねると痛かった。日吉くんには何してるんだコイツ、みたいな顔をされた。まあ、当然の反応だ。

「…えっと、遅刻するよ?というか、遅刻決定だけど…」

「知ってますよ。」

「へえ…。」

会話が途切れて沈黙が流れる。…き、気まずい…。何とか空気を変えなくてはと思い、先程から気になって仕方のないことを聞いてみた。

「日吉くん、学校行かないの?」

「行きますよ。貴女こそ行かないんですか。」

「…いや〜、行きたいんだけど、転んだ時に足首捻っちゃったみたいで動けないんだよね。あはは…」

そう戯けて言ってみせれば、日吉くんは盛大な溜息を吐いた。

「転んだ時に受け身すらとれないなんて、貴女は馬鹿なんですか。」

「うっ……」

正直言って年下にここまで言われるのは腹が立つけれど、正論なので反論のしようがない。ぐっ、と言葉を飲み込んで俯くと、わたしの上に影が重なった。顔をあげると、何故か日吉くんがわたしに背を向けるようにして、目の前に座り込んでいる。

「日吉くん?どうしたの…?」

「乗ったらどうですか。」

「はっ?」

「仕方がないから学校まで連れてってやるって言ってるんですよ」

「え!?」

いや、日吉くん何言ってるの。わたし重いし、ここから学校まで距離あるんだよ!?無理無理!と訴えると、ギロリと睨まれた。…怖い。

「ええ、そりゃ重いでしょうね。ですが、貴女はここにずっといるつもりなんですか?」

別にそれでも俺は構いませんが。そう言われてしまえば観念するしかない。恐る恐る日吉くんの背中に体を預ければ、彼はよろめくことなく、あっさりと立った。流石強豪校のテニス部レギュラーなだけある。年下のはずなのに、しっかりとした広い背中に安心感を覚えた。

ああ、そうだ。暫く歩いたところで日吉くんが声をあげた。

「今日の借りは、返してくださいよ。」

「えっ、な、何すればいい?」

「そうですね…。ああ、今週末の予定開けといてください。」

本当に出るって噂のお化け屋敷があるんですよ。そこに行くの付き合ってください。そう言う日吉くんの声は嬉しそうだった。…わたしにとっては、悪夢の週末だけれど…。

でも、この可愛くない後輩が喜んでくれるならいいかな、って思えるから不思議だ。捻ってしまった足が、週末までに治ることを祈りながら、日吉くんの背中の温もりに身を任せた。

fin.
(2014.04.23.)

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