君に答えを
「はあ、どうしよう…」
渡し損ねた綺麗なラッピングの袋を片手に、わたしは1人教室で黄昏ていた。
バレンタインデーに観月から思わぬ告白をされ、この一ヶ月間色々と考えた末にようやく答えが出たというのに、本人が捕まらなければ意味がない。はあ…、ともう一度ため息をつきながら時計を見れば、既に18時を越えていた。卒業を間近に控えているため、部活に参加しているという可能性も低いだろう。自分の運の悪さを呪いながら、わたしはやっとのことで重い腰をあげた。
3月になって冬よりは日が伸びたとはいえ、この時間になると流石に暗い。昇降口を出てから暫く続く、両脇が花壇になっている道を寂しくトボトボと歩いていくと、右手にある薔薇園の近くに人影が見えた。暗くて顔はよく見えないが、背格好から男子生徒であることは間違いない。
ーーーそういえば観月、薔薇が好きだって言ってたっけ…。
半ば祈るような気持ちで人影に近づくと、ゆっくりと彼は振り向いた。
「…古森さん。」
「み、みみみ観月…。」
思わず吃ってしまうと、観月はくすりと笑った。まるでわたしが来る事を見透かしていたかのようだ。
「どうかされましたか。」
いつもと変わらぬ、涼し気な様子に何だか拍子抜けしてしまう。…この一ヶ月間、わたしがどれだけ悩んだと思ってるんだ畜生、何でもないような顔しやがって…と言ってやりたいところだけれど、観月はこういう奴だから仕方ない。弱冠怒りを込めながら、ラッピングの袋を観月の手に押し付けると、彼は少し驚いたように目を丸くした。
「もう少し品のある渡し方は出来ませんか?」
「…品のない女を好きになったのは、どこの誰ですか。」
「…はあ。」
呆れたようにため息をつきながら、観月は早速袋の中身を確認する。…と思いきや、視線を真っ直ぐわたしに向けて、にこりと笑みを零した。
「渡す前に、何か僕に言う事があったのでは?」
「…なんのこと…。」
「僕はちゃんと言いましたよ、バレンタインの時に。んふっ。」
得意気にいつもの癖である、髪をくるくると指に巻く動作を繰り返しながら、観月は更にんふふっ、と笑みを漏らした。
…ああもう、観月には叶わない。観月は勝算のない賭けには絶対出ないタイプだ。だからきっと、わたしが観月のことを好きだというのも彼のシナリオ通りなんだろう。
はあ、と諦めたようにため息をついてから、ゆっくりと息を吸い込む。新鮮な空気が胸を満たしていく。
…でも、全てシナリオ通り、というのは癪に触るから少しだけ狂わせてもらうけど。
「観月のことが、好きだよ。一見、物腰が柔らかくて人当たりが良さそうに見えるけど、実は神経質で怒りっぽくて、でも誰よりも人に気遣いが出来て、分かりにくいけど優しい観月が、好き。」
早口で観月の好きなところを述べていけば、見る見るうちに頬が紅く染まっていく。そんな観月を見ていたら、軽い仕返しのつもりだったのにわたしまで恥ずかしくなってきた。あー、暑い。
「…あ、ありがとうございます…。」
長い睫毛をパチパチと瞬かせながら俯く様子は宛ら女子のようだった。こんなことを言ったら、観月は怒るだろうけど。
正直最初は観月なんて、外面はやけにいいけど、何を考えているか分からなくて苦手だった。けれど、観月の内面に触れていつしか心惹かれるようになっていたのだから仕方ない。
例えるなら、聖女の皮を着た悪魔に惚れた堕天使のようなものだ。これはきっと、悪魔との契約のようなもの。
「観月のことが、好き。」
もう一度呟けば、観月は満足気に笑った。
fin.
(14.03.18.)
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