返事はホワイトデーに


「うわー、柳沢ってモテるんだね。」

今日はバレンタインデー。男女ともにどこかソワソワとするこの日に、朝っぱらから隣の席の柳沢が気合の入った透明の袋に包まれたチョコマフィンを持って現れた。マフィンにも、お菓子用のキラキラとしたデコレーションが施されていて、明らかに"本命宛"という感じだ。そんな自慢気に持っていたら、チョコを貰えない男子から刺されやしないかと心配になる堂々ぶりだ。そんなわたしの心配をよそに、柳沢は引きつった笑みを浮かべた。

「女子に貰えてたら、どれだけ嬉しかったことか…」

「バレンタインに観月から友チョコ貰うなんて、複雑だよね。クスクス。」

げっそりとした表情を浮かべる柳沢と、後ろからひょっこりと顔を出した木更津の言葉にわたしは耳を疑った。観月から、友チョコがどうとか…。ふと木更津の手元を見ると、彼の手にも柳沢のチョコマフィンとほぼ同じものが握られている。少し変わるといえば、デコレーションぐらいだろうか。包装されている袋は全く同じものだ。

「…わたしの聞き間違いだよね?これ作ったの、観月って…。」

恐る恐る柳沢と木更津の顔色を伺いながら聞けば、二人は首を振った。

「聞き間違いじゃないだーね。観月が作っただーね。」

「女子みたいだよね、この気合いの入り方。」

そう言って木更津がわたしに見えやすいように、マフィンを掲げてくれる。見れば見るほど、信じたくない。…このいかにも、女子が本命のことを想って作りました、風のこのチョコマフィンが同級生男子の手によって生み出されたなんて…。しかも、あの観月だ。テニス部マネージャー兼選手で、顔と外面だけはいいけど、中身がちょっと残念なあいつにこんな女子顔負けの才能があったなんて…。競っていたわけではないけれど、敗北感に襲われて呆然としていると、木更津は得意のクスクスという独特の笑みを漏らした。

「裕太なんか、これですっかり餌付けされちゃって。」

「確かに味はかなり美味しいと思うだーね。…でも、俺も女子にモテたいだーね…。」

そう、弱々しく呟く柳沢に、木更津は楽しそうに笑った。

「観月のお菓子って、そんなに美味しいの?」

目の前で誘うように甘い香りを漂わせるそれを指差しながら聞けば、二人は息ぴったりに頷いた。さすがタブルスコンビ。そんなに美味しいなら食べてみたいなあ、なんて思っていたのが顔に出たのか、木更津が意味深に呟いた。

「観月に頂戴、って言ってみたら?マフィン余ってるみたいだったし。…それに古森なら、絶対貰えると思うよ。」


+ + +


放課後、掃除を終えて廊下を歩いていると、テニスバッグを背負った見覚えのある姿が目に入った。ラッキー、と思い、観月ー!と声を掛けると彼はゆっくりと振り返った。

「ああ、貴女でしたか。」

「観月観月!マフィンちょーだいっ!」

そう言って勢いよく彼の前に手を広げれば、折角の整った顔を思いっきり歪めた。あー、もったいない。

「貴女にはムードというものはないのですか。」

「へ?」

「…いや、こんな鈍感で馬鹿な女にそれを求める方が間違いか。」

「え、ちょっと酷くない?」

ブツブツとわたしに対する罵倒を並べる彼に思わず踵を返そうとすると、がっしりと手首を掴まれた。えっ、あの、意外と力強いんですけど。地味に痛いよー。

「…用意してありますよ、貴女にも。」

えっ、何を。と聞こうとしたわたしに押し付けるように渡されたのは、箱型のケースにまるでお店に売っているもののように並べられた色とりどりのチョコレートだった。…いや、でも、これーーー

「…あのー、柳沢と木更津が持ってたのと、全く違う気がするんだけど…?」

あのマフィンも相当気合いが入っていたけれど、これはレベルが違う。どうやって作るのかよく分からない、相当凝った小粒のチョコ達が綺麗に並べられている。…こんな素敵なもの、わたしが受け取っていいのだろうか。

「当たり前です。本命ですから。」

「へー。」

ん?今、観月何て言った?…本命?本命って本命?えっ!?チョコを見つめていた顔をあげて、観月を見ると、彼は悪戯っぽく笑った。

「返事はホワイトデーの時にでも。…好きですよ、古森さん。」

そう流れるように囁いて、観月は去って行く。わたしは、小さくなっていく観月の背中を呆然と見送ることしかできなかった。

fin.
(2014.02.14.)

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