02


こんにちは。オレは神宮寺レン。
キミはきっとオレをとても憎んでいるだろうね、ごめんよ。
この綺麗な薔薇が、キミの心を少しでも安らげてくれますように。
部屋、気に入ってくれるといいな。
それじゃあ、またね。

小さなメッセージカードに、綺麗な文字でそう書いてある。
そうだ。
三男の名前は、神宮寺レンといったはずだ。
自分という人間を政略結婚的に、それでいて人身売買的に買った男からの、酷く慈愛に満ちた優しい言葉に、俺はますます訳が分からなくなった。
このレンと言う男と俺に、面識はない…と思う。
少なくとも俺に、彼と会話をした記憶はなかった。
それなのにどうして此処まで自分を欲し、尚もこんなに大切にしてくれるのだろうか。
そして、何故ここまでしておいて自分は姿を現さないのか。
レンという男に関する全てが謎だった。

「一体、なんだというのだ…」

翌日から俺はその部屋に軟禁されたような毎日を過ごすようになった。
屋敷の外に出ることは出来るが、必ず誰かが付く。
綺麗に花が咲き乱れた庭を歩くことさえ、監視をされる日々に息が詰まった。
食事は豪勢で、いつもおいしい。
日用品も、望めばなんでも与えられた。
それでも、こんな生活は家畜と大して変わらないとさえ思った。
俺が人間である必要が、どこにもないのだ。
例えば世界でたった一頭しか存在しない希少な犬だったとしても、扱いは、毎日は大して変わらなさそうである。
こんなことを言えば笑われるかもしれないが、今の俺の唯一の楽しみと言えばレンから毎日欠かさず送られてくるカードと薔薇の花一輪だった。
神宮司家に俺が住むようになってからもう一週間近く経つ。
初日に貰った薔薇は既に萎れてしまったが、いつも花瓶には美しい薔薇が三本程度飾られている。

二日目の手紙は「やぁ、昨日はよく眠れた?オレは君が家にいると思うと何だかそわそわしてしまってジョージに怒られちゃったんだ。君が望むものなら、何でも与えてあげたいって思っているよ。だから遠慮なく言って欲しいんだ」
三日目は、「そう言えばオレは君のことは何て呼んだらいいのかな。まさと、なんていきなり呼んだら少し馴れ馴れしいかな?オレのことは遠慮しないでレンって呼んでね」
四日目「家には慣れてきたかい?真斗は何の花が好きなのかな。今度ジョージに教えて、そうしたら次からはその花を贈るよ。薔薇は、俺の好きな花なんだ」
五日目「真斗は小食なのかな?あまり食べないとシェフが言っていたんだ。濃い味付けが合わないのなら言ってね。オレはとても辛い物が好きなんだけど、真斗はどうかな」
六日目「庭の花が綺麗に咲いたよ。真斗はもう見てくれたかな?オレが言えた事じゃないけれど、部屋の中に籠っていると気が滅入ってしまうからね、外に行ってみるといいよ」
七日目「ごめんね、真斗。君を悲しい気持ちにさせてしまうことは分かっているのに、オレは君をこの家から出そうっていう気持ちにはなれなくて。弱くて、本当にごめん」

日によって多少の感情の起伏はありそうだったが、いつもレンは俺を心配し、気にかけてくれていた。
文面から感じるのは、深い優しさと愛情。
レンは俺の嫌がるようなことを言ったりしたりはしない。
いつも俺が不自由をしていないか気にかけてくれていた。
俺をまるでどこかの姫のように大切にしてくれているのに、一度も俺と会おうとはしないレンに疑問を抱いた俺は、いつものように薔薇とメッセージカードを持ってきた円城寺に率直な質問をした。

「レンとは、どんな人なのですか」
「レン?…あぁ、気になるのか」
「ええ、まぁ…」
「それなら、自分で聞いてみりゃいい」

そう言って彼が丁寧な仕草で胸元から取り出したのは、ペンと小さな白いカード。
なるほど、レンと文通をすればいいということか。
今までレンから一方的に様々なものを与えられ続けたからか、自分から何か行動を起こすという事さえ忘れていた。
俺は早速それを受け取ってゆっくり丁寧に書き記していく。
何故か馬鹿みたいに緊張し、胸が高鳴った。
こんな風に文を交わし合う相手が出来たのは初めてだ。
今までは「聖川財閥の息子だから普通の子とは違う」と友達もできず、周りから避けられてきた。
だけど今はそんなことなど関係なしに、まるで一人の友人のように…恋人のように、手紙を綴った。

始めまして、聖川真斗です。
お返事を書くのが遅くなってしまってごめんなさい。
いつも綺麗な薔薇と、お手紙をありがとうございます。
毎日とても楽しみにしています。
ところで突然ですがレンはどうして俺をこの家へ招き入れたのですか。
俺の抱いていた印象と、今のレンがあまりにも違うので、とても混乱しています。
本当のあなたは、どんな人なのですか。

レンへのカードは、少し砕けた言葉で飾らずに書いた。
彼が本心で答えてくれることを祈りながら、円城寺へ手渡す。
稚拙な文章だと思ったのだろう、彼がくすりと笑う。
それでもいい、と思った。
普通の、どこにでもいる友人のようなやり取りに、俺は昔から憧れていたのだから。



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