Day!!


誰もがその意味深な言葉に閉口したところで、ページを無造作にめくっていた高尾の手が止まる。
それは、男本の今週のナンバーワンのページ。
いつも通り、そこには高尾の満面の笑顔が映っている。
ここの場所を一体自分はどのくらいの間飾っていただろう、と思うと、なんだか感慨深くなった。
この笑顔で女に偽りの愛を吐き、魅了し、金を献上させてきた。
そんな、薄汚く汚れた笑顔だ。
今はそう思えるけれど、かつての高尾はホストという職業をそんな風に考えたことなはかった。
むしろ、この職業は、彼にとって天職にさえ思えた。
嗤って女の横でお喋りをして酒を飲んでいれば、どんな高級車だって買うことが出来る。
…だけど、緑間と出逢い、彼を知っていく度に、緑間の真面目さや純粋さに驚かされた。
緑間の隣に立つには、自分が少々汚れすぎているように思えて仕方がなかったのだ。
だから。
高尾は決意を決めたようにおもむろに自分のページを、勢いよく破り捨てた。

「な、」
「俺、今日でここ、辞めます」
「ちょ、なんで!?」
「俺のこれ、実はリクルートスーツなの。もう二社内定貰っててさ。…俺、あいつのこと、本気なんだ。だから、…あんな真面目な緑間の隣に立つ大人がだよ?ホストとか、…やっぱちょっとダメかなって思って」

高尾はそう言って申し訳なさそうに笑った。
その職業に従事している者たちの前でホストを馬鹿にしてしまったことは悪いとは思う。だが、職業名を言って一般受けが悪いことも事実だ。
緑間の家はそこそこ厳しく、良い家柄だということを知った高尾は、彼の隣に居続けるために苦渋の選択をしたにすぎない。
自分が楽をして生きるよりも大切なものが、そこにはあった。
時計をちらりと見ると、そろそろ店が開く時間が近付いている事に気付く。
いなくなる男の長話に付き合わせてはいけないと、勢いをつけて立ち上がった。
どこか縋るような目で黄瀬が見つめてくるのが分かったけれど、高尾は小さく首を振る。

「高尾っち…」
「…ごめん、勝手で」
「僕たちはもう、真太郎を守ってやることが出来ない。これからはまともになったと言い張っているお前の手で、…守ってやるんだよ」
「おうよ」
「…逃げ帰ってきたら、殺してやっからな」
「うわ青峰、物騒だし!!」いつものように笑って、いつものように部屋を後にしようとする高尾。
これが最後だなんて、信じられなかった。
あまりに突然のことで驚きを隠せないメンバーだったけれど、最近の高尾が何かを思いつめた顔をしていたことは何となく気付いていた。
友達が誰ひとりとしておらず、苛められて死にかけていた緑間。
それが、金だけがすべてと言って笑っていたあの高尾を此処まで変えて、救ったのだと思うと、多少寂しいけれど二人を応援せずにはいられない。
高尾が連れてきた、学校中に嫌われた七夕の天使は、店の雰囲気を明るくしてくれた。
店にいる従業員の心を明るくしてくれたし、荒んでいた其れを癒してもくれた。
緑間は皆に様々なものを与えてもらえたものばかりだったというようなニュアンスで常に喋っていたけれど、本当に与えられていたのは一体どちらだったのだろうか。
赤司が声を張り上げ、高尾を呼び止める。

「和成!」
「んあ?」
「僕たちだって真太郎の誕生日を祝ってやりたかったさ」
「あーごめん」
「…幸せに、なれ」

少し茶化したような赤司の言葉に、高尾が申し訳なさそうに頭を掻いた。
その言葉に嘘はない。
どうせ学校でも祝ってもらえないであろう彼の為に、サプライズの準備もばっちりだったのだ。
だけど、旅立ちの足を引っ張るようなことはしたくない。
赤司の言葉に高尾は一度腕を突き上げて、それにこたえる。
そして振り返らずに、ドアを閉め、高尾は走って行った。
唯一の居場所をなくした緑間がどこへ行くのかわからなかったので、適当に近隣を走ってみたものの緑間の姿は一向に見当たらない。
そう簡単にゃ見つからないか、と舌打ちをして、高尾は無造作にワイシャツを腕まくりした。

緑間に出逢うまで、人生は適当に過ごすものだと思っていた。
顔も、声もそれなりに産んでもらったため、今までほとんど苦労をしないで育った高尾。
ホストクラブに入ってからも、ずっと好成績を収めてきた。
当たり障りのない笑顔を振りまいて、心にもない愛を囁いて、上手い酒を味わいもせず飲み干すことが生活の全てだった。
それが生きるという事なのだと言い聞かせていた。
けれど、皆のアドバイスを懸命にメモして実践してみたり、いつでも真っ直ぐ前を向いて生きている緑間を見て、そんな自分がいかに寂しい人間だったかと言うことに気付くことが出来たのだ。

「俺が、ちゃんと、また見つけるからね…!」

ダメ元で2人で願いを書いた笹が飾られていたあの場所へと走る。
すると、そこに蹲っている緑間が見えた。



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