gallery



水着



ぺらり、ぺらり。


静かな部屋に、紙擦りの音と規則正しい筆記具の音だけが響く。
二人以外には誰もいない部室で、俺はひとり暇を持て余していた。

至極真剣な表情で部誌に向かっているのは副部長である真田で、部長の俺はというと頬杖をついて部員から借りた今週の少年コミック誌をぺらぺらと捲っては眺めていた。

特に気になるタイトルがあるわけではない。自分でわざわざ購入するようなことはしないし、毎週読んでいるわけでもない。とある部員が気紛れに貸してくれたものだからストーリーなどさっぱり分からない物ばかりで、本当にただの暇潰し。

最初は他の部員に示しが付かないとうるさく咎められたけれど、部活も終わっているし他に部員も居ないんだからいいだろ、と言い放って雑誌を取り出したのが数分前。
真田の小言も気にとめず、そそくさと俺は雑誌を眺め出した。


俺と真田。
二人しか居ない部室は思いのほか静かだ。
だが、真田と一緒にいる沈黙は実に心地の良いもので、俺はその空間を充実に満喫していた。



そんな沈黙を破ったのは俺の方だった。


「あ」

雑誌を捲っていた右手がふと止まる。
そこは全面がカラーで印刷された、コミック誌には不釣り合いとも思える誌面。

目を引くキャッチコピーがつけられて若い女性の写真が印刷されたそのページは、今をときめくアイドルのグラビアページだった。

長い睫毛をぱちぱちと動かして何度となく見やるが、そこには依然として美少女が水着を着て微笑む写真がページ一杯に印刷されていて、少しばかり圧倒される。



不意に悪戯めいた考えが頭を過ぎる。
彼ならどんな反応をするだろうか?

気になり始めたら止まらないのが俺の性分。



「さーなだ」

「…何だ?」


部誌に向かう真田は、俺が声を掛けたくらいではこっちを向いてくれないようだ。
それならば無理やりにでも導くまで。

「真田、ちょっと顔上げてよ」
「何だゆきむ…!?!?」

顔を上げた瞬間に雑誌を真田の正面に突きつける。
よほど驚いたのか真田は言葉を詰まらせたが、すぐさま顔を赤く染めた。

「ゆ、幸村!な、な、何だこれは…!」

「何って、グラビアだよ。今この子がテレビで人気なんだって。」

予想通りの反応を示す真田に笑いをこらえながら、俺はそのページを見せつけるように真田の手元にある部誌の横に並べた。

「幸村、ふざけるな」

「何が?」

「何がではない。誤魔化すな」

真っ赤な顔を隠そうともせず、すごい剣幕で睨みつけてくる真田。
そのあからさまな反応があまりに面白くて、俺は我慢しきれず少し吹き出した。


「嫌だなあ。せっかくだから、真田にも見せてあげようと思っただけなのに」

「俺はそんなものには興味が無い。」


一刀両断。
そんなことは知ってるし、わかってるからやってるんだけど。
なんとなく緩む口元を隠して、やや強引と思いながらも話を続ける。


「へえ、俺は結構いいと思うけどな。可愛いし」

真田の手元に無理やり押し付けた雑誌を引き寄せて、再びぺらぺらとグラビアページをめくって見せる。
いよいよ目のやり場に困ったのか、真田は顔を背けて黙ってしまった。



再び沈黙が訪れる。

2人きりの部室に、俺がページを捲ると紙擦りの音だけが響いている。



意外にも、口火を切ったのは真田の方だった。


「…大体、そのような露出の多い衣装のどこが良いのか全く判らん。」

絞り出すように声を発した真田の表情はさっきより幾分か平静を取り戻したようだ。

「これは水着だよ。海とかプールで着るような…ほら、この子だって砂浜で撮影してるじゃないか」

再びグラビアページを真田に差し出してみる。
紙面では可愛らしいビキニに身を包んだアイドルが、胸を強調するようなポーズで砂浜に寝そべっている。

「こんな形状の物が水着なのか?こんなもの下着と変わらんではないか。下着は見せるものではない!破廉恥にも程がある。」



いきなり声を張り上げた真田に、俺は少し驚きいて瞬きをした。
だが、これは面白い話が聞けそうだ。
今度は俺の方から乗っかってみることにしよう。
俺は少し身を乗り出すようにして話を再開した。



「じゃあ、水泳の授業の時に女子が着てるやつ。あれもダメなのかい?」

「あれが本来の水着というものだろうが。こんなのは水着ではない」

わかるようなわからないような。
真田の持論は筋が通っているけれど、如何せん考え方が古臭い。

「なるほどね、じゃあ真田はスクール水着を見ても何も思わないってことか」

真田の意見に頷きながら、相槌を打つ。
今日の真田はやけに饒舌だ。

「無論だ。あれは授業のための言わばユニフォームなのだからな」


ひとしきり持論を述べた真田は、もう気が済んだかと言わんばかりにため息をついた。

かく言う俺は、そもそも「女子の水着」という、真田弦一郎という人物とはイメージのかけ離れた議題について意見を交わしているこの状況が続いていること自体がおかしくてたまらなくなってしまった。



こんな状況がその言葉を引き出したのだろうか。
俺は思わず、咄嗟に思いついた質問を突拍子もなく口にしてしまった。


「じゃあ、例えば。例えば俺がこんな水着を着てたとしても、真田は何とも思わない?」



自分でも何を言っているのか意味がわからなかった。

口が勝手に動いたというのか、口が滑ったとでもいえばよいのだろうか…後先も意味も考えずに言葉を発してしまった。

自らが巻いた種ながら内心動揺した俺は、平静を保っている風に改めて真田の様子を窺った。


真田は無表情で、ただ黙っている。



それはそうだろう。
俺の質問は前提が成り立たない。
恋仲とはいえ、そもそも俺は女子ではない。
俺も真田も男同士なのだ。
男同士の裸など見ても当然なんとも思わないし、そんなもの部室での着替えで毎日見ている。

どこか冷静に分析しながら、おかしな質問を口にした自分が滑稽に思えて、思わず自嘲した笑みがこぼれた。


「なんか変なこと言ったな、俺」


もやもやとした思いを誤魔化すように、俺は手元に置いていたコミック誌を慌てて鞄に押し込む。
雑誌の端は少しめくれてしまって、鞄の中で乱雑に収まった。

帰ろうか、と口にしながら立ち上がろうとした瞬間、突然真田にぐいっと腕を掴まれ引き止められた。

「さな…」

「俺の前以外で、そのような格好をして欲しくはない」

思わず振り返ると、はっと気がついたかのように真田は焦って目線を逸らした。


その言葉を、その裏に込められた意味がわかってしまった俺は、全身が燃えるように火照ってしまった。




真田は気づいてしまったんだ。
さっきの質問に無意識に込められていた、俺の意図。

俺がなにを言いたかったのか、なにを欲しがっていたのか、
そして、何を不安がっているのか。



沸騰した頭で紡ぎ出してぽろっと口から滑り落ちたのは、小さな「ありがとう」



「帰ろうか、真田」

「うむ」


ふたりで戸締まりをして部室を出る。

日が暮れて夕闇が近づく中、さり気なく手を繋いでくれた真田の優しさに少しでも浸ってしまったのは、内緒だ。




「でも、俺は真田のビキニ姿なんて見たくないな」
「無論だ、着たいなどと思う訳がないだろう」
「俺だって着たくない」
「知っている」
2011/07/03
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -