ハリネズミ | ナノ
(落ちない)

幸福な少女の話をしよう。彼女はとても素敵な王子様に、とってもとっても大事にされて生きていました。
王子様はとっても我が儘です、とっても可愛い女の子に、沢山の意地悪をします。けれど、幸福な少女は必死に彼の願いを叶えます。だって彼女は、彼に捨てられたらもう行く場所がないのだから。
彼女の周りの人間は、みんな揃って、王子様により全ての記憶を消されていました。だから女の子のことを覚えているのは、王子様と、王子様と仲良しの僕くらいしかいないのです。
もちろん、可哀想な彼女はそれを何も知りません。でも彼女は幸せです。だって彼女も、過去のことを覚えていないのだから!
そんな、何もない空っぽの可哀想な女の子は、意地悪な王子様と、僕という縋ることの出来ない救いと共にいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。

「……で?」
「で、って……。ユーリは酷いなあ、僕の考えた可哀想な物語、感想くらい聞かせてくれてもいいじゃないか!」
「そもそも僕は君の妄想に何一つ興味がないんだけど」

そっぽを向きながらそう告げるユーリに、僕はただ苦笑いだけを浮かべていた。
男同士でお茶なんかしても何も面白くないのいなあ。頭の片隅でそんな事を思いつつ、僕は熱い紅茶を飲み干す。プロと言える腕ではないが、やっぱり彼女の淹れる紅茶は美味しい。これも全部、ユーリの指導の賜物かな。そう考えると妬けてしまう。

「可哀想な女の子は、意地悪なユーリ…じゃない。意地悪な王子様によってずっと虐められているんだよ」
「別に僕、虐めてないけど。使えないのを使えるようにしただけ」
「そうやってすぐ使えないっていうから菟雨も僕の所に来るんだよ?ユーリ知ってる?彼女凄い泣き虫で…」
「知ってる、僕には関係ない」
「ワーオ…」

これだから虐めっ子は困っちゃうよね。逃げ出さない菟雨も菟雨だけど…。まあ、ユーリから逃げ出した所でどうなるのかは僕も予想のできる事だし仕方ないか。
「そういえば菟雨は?」
「邪魔だから外に出てて、って言ったけど」
そう言って優雅に紅茶を飲むユーリの、なんと綺麗な事。王子様って表現も、我ながら本当にぴったりだよね。絵画にすればきっと似合うよ、なんて、本人に告げればお世辞と一蹴されそうな言葉ばかりがどんどん浮かぶ。
彼女はお姫様っていうキャラじゃない。じゃあ僕はなんだろう、使用人の女の子に恋する騎士かな?いやでも、僕が騎士なんていったらユーリに笑われるかも。自分でも、ちょっと似合わないと思ったし。

「ユーリが王子様なら僕は何かな。何が似合うと思う?」
「デニスに?道化以外ありえないでしょ」
「ええ!?王子様と使用人と…道化……?それなんて配役ミス?」
「案外似合っているかもよ」

そう言って、ユーリは再び紅茶を口にする。紫色の綺麗な両目は伏せられ、紅茶を楽しんでいるようだ。そういう姿、彼女にも見せてあげればいいのに。きっと喜んでもらえたって、安心するよ。

「……それにしてもデニス、菟雨の話ばっかりするね」
「あ、駄目だった?だって彼女があまりにも心配で――」
「――そんなに菟雨の事が好き?」

「……まあ、ね」
きっと、ユーリの考えている"好き"とは違うと思うけど。


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