ハリネズミ | ナノ
首を絞められる感覚には、もう、慣れてしまった。痛みさえも感じず、足りない酸素に苦しみを感じず。何故か虚しいと思ったけれど、でも、その思考はそれ以上を求めない。わたしにとっての幸福は、彼に貢献する事のみ。融合次元を憎む彼にとって、わたしは一番身近な復讐の発散道具。
彼のストレスを発散できるならば、わたしにとっても彼にとっても幸福だろう。だからわたしは抵抗しない。何も言わない。涙を流す彼の悲しみが、ほんの少しでも癒えるのならば、わたしはもうそれでいい。
ずっとずっと、そうやって生きてきた。だからもう、きっと、慣れてしまったんだ。

「俺は…、俺は……」
「………くろさき、さ……ん…」
「…やめろ…黙れ……!」

その言葉とともに、彼の手はゆっくりと力をなくす。声にもいつもの覇気はなく、まるで、悲しみの海に溺れたような空虚な反応だ。
何も言わず自らの手を見つめる彼に、わたしは、言葉を発する事ができなかった。当然、だろう。わたしの声によって、邪魔されたも同然なのだから。
「…ごめん、なさい……」
思わず出てきた何もない言葉に、彼は怒りに震える表情でわたしの頬を貼り飛ばす。
何に対する謝罪だろう。何に対する憤りだろう。わたし達は、悲しいほどにお互いの事を知らなすぎる。
叩かれた頬が痛い。けれど、それ以上は何もない。わたしが感じるのは、結局、その程度のものだった。
「……ごめんなさい…、ごめんなさい……」
理解する事が、できなくて。
ぽろぽろと零れる涙が、邪魔で仕方ない。けれど涙は止まる事無く、わたしの呼吸を乱し続ける。
ごめんさい、ごめんなさい。わたしが、こんな人間で、ごめんなさい。
涙で視界がぼやけてしまう。涙は、綺麗な金の目までもを透明なフィルターで隠してしまう。
「……すまない…」
わたしの嗚咽に混じって聞こえた、黒咲さんの低い声。
頬を伝った一滴の冷たいそれは、一体、どちらのものなのだろう。


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