「わたし、月が、怖いんです」
そう告げた菟雨は、まるで、今にも消えてしまいそうなほど儚い笑みを浮かべて私の下に横たわっていた。
ベッドに散らばった水色の短い髪は、双子の兄に切られたものだと過去に話を聞いた記憶がある。私を見つめる黄緑の目は、双子の兄と同じ色だと、嬉しそうな表情と共に何度も聞いた。
菟雨の中には、いつだって双子の兄が存在する。それは本能的に、彼女を縛り付ける鎖のような存在となっているのだろう。何をしても付いて回る、名前以外を何一つとしてしらないその存在を、私は何度憎いと思ったことだろうか。
「セレナさんは、夜を照らす、お月さまみたい」
「……それは暗に、私が恐ろしいと言っているのか?」
「……そうかも、しれません」
儚い笑みを崩さず菟雨はそう告げる。
嫌われている、というわけでは、ないのだろう。それでも、その発言に傷付かないと言えば嘘になる。表情を歪めた私に、菟雨は気付いてくれるのだろうか。
窓から差し込む月明かりに照らされる菟雨は、まるで、月に帰る姫君のようにとても優しい表情をしている。
姫などという性格でも立場でもない少女だが、菟雨はとても優しい人間だ。守られなければならない弱者だ。それを知っているからこそ、私はこうして彼女の手首を掴んだままなのだろう。
私の元から逃げ出さないでほしい。叶うのなら永遠に、駄目なのなら明日別れる運命でも構わない。だから、こうして、私は触れ合ったままを望んでいる。
「こうして、押し倒されるのは嫌か」
「いいえ」
「この先の行為を拒絶するか」
「いいえ」
「私が嫌いか」
「いいえ」
「ならば何故、月が恐ろしい?」
何気なく吐き出された最後の疑問に、菟雨が答えを発する様子は見られない。
何故、私の疑問に答えない?私の疑問は不毛だったか?
そんなくだらない考えばかりが、私の脳内をゆっくりと侵食する。
いけない事、では、ないのだろう。だがしかし、それでも、酷く静かな夜の沈黙は重々しいものがある。
星の声が聞けそうなほどに静かな夜。黄緑の丸い目は、ゆっくりとその姿をまぶたの裏に隠してしまった。
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