(捧げ物)
(若干虐待注意)
彼女が欲しいと思ったのはいつだったっけ。覚えていないや。まあ、誰かに話すような事もないから覚えていなくても構わないのかもね。
でも、理由はきちんと覚えているよ。そう、あれは、ユーリが珍しく予定に遅刻するって連絡を入れた日だった。いつも自分のペースで周りを巻き込む我儘王子のユーリ様が珍しく連絡を入れるから、ボクは驚いてデュエルディスクを落としたんだよ。いまでも、あの日ついた画面の傷は残っているよ。嫌だよね、迷惑極まりないってば。
そうそう、それで、驚いて彼を待っていたら彼の後ろに隠れるように、水色が鮮やかな彼女――紫雲院菟雨が、立っていたんだよ。
その時ボクは、彼女に対して何も思わなかったよ。またユーリの気紛れに振り回される犠牲者が出たんだって、他人事みたいに思ってた。
けど次の瞬間ユーリは言ったんだ。
「これ、僕の物だから」
その時のボクの表情ったら、自分でもないって思うくらい酷かったんだよ。でも当然だよね、知り合いが突然女の子を連れてきて、しかも恋人か何かだと思ったらまさかの物扱い!
「ユーリ、女性を物扱いはないんじゃない?」
「じゃあなんて呼べばいいの。言っておくけれど、恋人でもなんでもないよ」
「じゃあ、しもべ?」
「だって。よかったね、しもべ」
冗談を間に受けないでよ。そう言えたら多分あの時の彼女とボクの距離はもう少し縮んでいた気がするんだけどなあ。
涙目でおろおろする彼女は、それはそれは可愛らしくてもう。あの時なんでボクは彼女にフォローを入れられなかったんだろう。過去を後悔するって、中々虚しいね。
「しも、べ……」
「不満なの?じゃあ奴隷ね」
「ふ、不満じゃ、なく…て……、その…」
あーあ、俯いて黙っちゃった。やーい、ユーリが虐めた。なんてね、嘘だよ。そんな事言ったらボクまでユーリに睨まれる。
ユーリは酷いいじめっ子だ。特に彼女の事になると酷い執着を見せる癖に、彼女の前ではその片鱗すら見せる事がない。好きな子ほど虐めたいってやつなのかな、とも思ったけれど、それで片付けるには少し、彼の感情は重すぎる。
「まあまあユーリ。その話は置いて本題に入ろうよ」
過去のボクは、そう言って無理やり話を切り替える事でユーリを落ち着かせようとした。まあ、それもユーリに思い切り睨まれて反応がだいぶ冷たくなってしまったから、結果成功とは言い難いけれど。
それでも、彼女はだいぶ救われたらしく、驚いたような表情で僕を見ていたから――これはこれで、良かったと思う。
あの時のボクは、彼女なんて一切眼中になかったんだ。とりあえずユーリの後ろにくっついてる、可哀想な被害者っていう認識だったんだよ。
…なのにそれが、どうしてこうなっちやったんだろうね。
微笑みながらボクは思う。ボクの腕で眠る彼女の髪をそっと撫でれば、寒いのか猫のように身動ぎ身体を小さく丸めた。
彼女の身体に存在する、無数の傷跡をゆっくりとなぞれば、その傷を付けられた原因とも呼べる行為の凄惨さが嫌でも思い浮かべられる。
眠っているにも関わらず、痛みで鈍い声を上げる彼女も、本来はこの部屋まで移動するだけで大変なのだろう。
彼女に傷を与える部屋までボクが迎えに行く事も不可能ではないが――部屋の主人がそれを甘んじて受け入れるとは思えない。彼の執着は、いつからか彼女にも分かる程にまで堕ちてしまったのだから。
「…キミも、可哀想だね」
彼女に語るわけでもなく、ボクはぼんやりそう呟く。理由はない、そう思った意味もない。同情のつもりも、ない。
それでもボクは思ってしまう。彼女は酷く可哀想な弱者だ。こうしてボクが助けてあげなければ、彼女は死んでしまうだろう。それも、自らの手によって。
彼女は今も昔も、可哀想な被害者だ。ユーリという主人によって気紛れに首を絞められ、逃げる事も叶わない。そうだ、皮肉にも、ボクが称したしもべと――奴隷と呼ぶのに、まさに、相応しい。
なんておかしな話だろう。ボクが冗談で呼称した呼び名に相応しい扱いを受け、彼女が欲しいと願った結果、形はどうであれ彼女はこうしてボクの手中に収められている。
ボクはこんな結果を望んでいたのだろうか。分からない、自分が何一つとして、分からないんだ。
彼女の頬に付着した、何方の物かも分からない赤色の液体をボクは親指でそっと拭う。穏やかな寝顔をしている反面、至る所に頬に大きな傷跡や青痣が作られ、その姿は酷く歪に見えてしまった。
「好きな子に幸せになって貰いたいとは思う、けど」
あいにく、ボクが彼女に抱いた感情は、欲しいという純粋な欲望だ。ボクは多分、彼女に恋心を抱いているとは言い切れない。
「ゴメン、ね」
その言葉は、免罪符になるのだろうか。
少しだけ表情を固くすれば、彼女の頬に、透明な涙が伝ったような幻を錯覚した。
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