(落ちない)
指先から凍ってしまうような錯覚を感じて、わたしは咄嗟に指を引いてしまう。怪訝そうな顔をする黒咲さんに小さな声で謝罪をすれば、彼は眉間に皺を寄せる。けれど、それ以上を求めることなく、彼はそっと、わたしに伸ばした手を引いた。
ごめんなさい、と告げるのはわたしの癖だ。それは今更矯正できるものではなく、おそらく、この癖とは未来永劫わたしが死んでしまうまで付き合うことになるのだろう。少しだけ嫌だとは思ったけれど、そうやって生きてきたのだから我儘なんてとても言えない。これは罰だ。わたしが、エクシーズ次元への侵攻を止める糧となれなかったことに対する、軽すぎる罰。
俯いて同じ言葉を繰り返すわたしに、きっと、彼は苛立っているんだろう。分かっている、分かっているけれど、どうすることも出来ない。そんな無力な現実にじわりと涙を浮かべれば、彼の指は、再びわたしの方へと伸ばされる。
「ごめん、なさい」
「其れは何に対してだ」
「…黒咲さんが……こわいと思って、しまって」
浮かんだ涙は、ゆっくりとわたしの頬を伝ってゆく。泣いたってどうしようもないのは、もう、分かっている筈なのに。
わたしへと伸ばされかけた黒咲さんの指は寸前で止まり、彼は、難しそうな表情で自身の手を見つめた。わたしのせいで、貴方に嫌な思いをさせて、ほんとうに、ほんとうにごめんなさい。
同じ謝罪を何度も何度も、嗚咽とともにわたしは吐き出す。わたしは、それしかいう事の出来ない壊れた存在だ。謝る事しか出来ない、謝ることで、ずっとずっと、わたしは其処に居ることを容認されてきた。優秀な素良と、何も出来ない双子の妹。比較されるのは慣れていたけれど、そこに居るのを許されないのは、何よりも辛いことだ。いつだって素良が守ってくれてはいた、でも、それはわたしの望んだ立場じゃない。
だから、アカデミアはずっと、ずっとずっと怖かったんだ。素良に捨てられたら、わたしは居場所がなくなってしまう。そんな恐ろしいことが、いつ起きるかも分からない世界で。
「くろさきさんは、恩人、なのに……わたし、こんな…こんな……」
「…お前が悪いわけではない」
「でも、わたし、こんなの……!」
上手に呼吸が出来ない。煩わしいと思われているのだろうか、いや、思われていない方がおかしいか。
全てに怯える日々はもう終わった。わたしはここで、存在してもいいんだと、大丈夫だと、許されている。認められている。
それなのにどうしてわたしは、まだ、あの世界の事を忘れることが、できないんだろう。
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