こわい、何もかもが怖い。
夜の街を走り抜けながら、わたしは必死に逃げ続ける。理由はない、何から逃げているのかも、わからない。わたしの脳は正常じゃないんだろう。それくらい、十分理解はできている。それでもわたしは、ただ、恐怖という一時的な衝動に突き動かされてただ必死に走っていた。
夜の闇がわたしを襲う。街灯のない暗い道は、わたしの歩いた軌跡を消していくようにその闇をより深くへと溶かしていった。
息を切らして走るわたしの姿は、何も知らない人から見ればきっと、さぞ滑稽に映っているに違いない。それでも、わたしにとっては、どうしようもない程に重大な問題なんだ。
助けてと願う先は、縋る先は一体誰なんだろう。酸素の足りない脳は、ゆっくりとわたしの思考をぐずぐずに溶かしてゆく。
――こんなのだめ。これ以上は、動けない。
視界が一瞬白く染まり、頭の中に電流が走る。痛い、と声を出す間もなく、暗い道に足を引かれ、わたしは堅いコンクリートの地面に体を打ち付けた。
冷たいコンクリートが心地よくて、わたしはゆっくりと目を瞑る。思考を放棄しちゃだめ。そんなの、もう痛い程分かっている。それでもわたしは、この場から動くことが出来なかった。
そもそも私は何から逃げていた?何が怖かった?そもそもわたしは、本当に怖かったの?此処までの経緯を思い出そうとしても、真っ白な頭はなにも思い出してはくれない。
寒い、少しだけ眠い、頭が痛い。もう、なにも、考えたくない。怖い思いを、したく、ない――。
――そう思い意識を手放そうとした瞬間、わたしの頭のすれすれを掠めて、なにかとても大きなものが地面にぶつかる音がした。
驚いて顔を上げようとするも、力尽きたわたしの身体は、音のする方を向くことさえ叶わない。
疲労しきった腕を必死に動かし、体を持ち上げようとした瞬間、わたしの頭上から――それはそれは、とても大きな声がして、驚きによりわたしの身体の力は思わず再び抜けてしまった。
「ハアアア、もしかして俺やっちゃったヤツ!?俺セキュリティに出頭しなきゃなんねーの!?」
死んでないです、倒れているだけです。貴方のせいじゃないです。
そう声に出そうと、必死に身体を持ち上げたところで、わたしの意識は、ぷつりと途切れてしまった。
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