ハリネズミ | ナノ
(落ちない)

溺れた。とても深い闇の中に溺れてしまった。
遠くから伸びる手がわたしの肩を掴む。ゆっくりと、だけど、ぜったいはなさないとでもいうように。その感覚に覚えがあるような気がしたのは、なぜだろう。錯覚なのか、それとも、それをわたしは知っているのか。
逃げ出したい、こわい、助けて。でも、それを言葉にする事はできない。わたしの喉は、恐怖心によって使い物にならなくなっているのだから。
逃げたい、逃げなきゃ。そんな衝動的感覚に襲われて、わたしは、ぼろぼろと涙を流す。声を上げる事なく零れた涙は、深く遠くから伸びる手によってその全てを存在ごと消してしまった。
――ああ、わたしも、あんな風に消されちゃうのかな。
そう思ってわたしは、より多くの涙をこぼす。怖いんだ、辛いんだ。このままじゃ危ない、あんな風に消されちゃう。そんな事は十分に分かってる。でも、どうする事もできないままわたしはぱらぱらと涙を落とす。
存在の消えてゆく涙はわたしに何も残さない。彼らはわたしの、全てを欲しがって全てを食らう。

どこにもいかないでと声が聞こえる。何処か遠くで、耳を傾けてはいけない音が沢山聞こえる。
帰ってきて。いかないで。私だけの、僕だけの、俺だけの、俺の、大切な。
たいせつな、たいせつな。
――大切な、なに?
それ以上の答えは、もう、どこからも聞こえない。わたしが必死に手を伸ばしても、教えてと願っても、数々の手はゆっくりわたしの喉に手をかける。わたしの求めているものは、それじゃないのに。

わたしはあなたの、なに、なの。

その言葉が、声として発される事はない。だが、掠れた"音"となり吐き出されたその言葉に、"彼ら"は一瞬動きを止めた。
痛い、苦しい、辛い、わからない。"わたし"はどうして、こんな思いをしているの?わたしはどうして、貴方たちに、"縋られる"?
暗い暗い、とても暗い闇の中。まるで水中で溺れたように、もがくわたしを彼らは必死に引き止める。
ここにいたって、わたしは、どうにもならないのに。苦しいのに。こわくて、しかたがないのに!

「たすけ、て……、――」

わたしの神様はきっと、助けに来てくれないんだ。それでもわたしは、何もできない小さな存在。必死に手を伸ばして、縋り付いて、神様のほんの気まぐれで、ほんの少しの幸福を与えられる。
そのほんの少しのために、わたしがどれ程苦しい思いをしているのか、彼はきっと、知らないんだ。


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